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須臾と刹那

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 と、言った。私が取りますから、動かないで下さい。シュユはそう言って、セツナの髪を解こうとしたが、間近で見たルシの女性は非常に美しく、その髪に触れることすら罪悪のように思え、何も出来なくなってしまった。哲学者の如く苦悩するシュユを見たセツナは、髪の毛を解くことが余程難しいと思ったのか、常に持ち歩いている、赤い短刀を取り出すと、切ってしまうか、と呟いた。その言葉を聞いたシュユは慌て、インスマ地方の海に飛び込むが如し勢いで、私が取りますと宣言し、植え込みに絡まったセツナの髪を解き始めた。セツナが手にした短刀はおそらく、戦乱多きオリエンスで、無事に長じることが出来るようにと言う願いを込めて、親が我が子に与える守り刀なのだろう。卿はいつも、その短刀をお持ちですね。大切なものですか? そう訊ねるシュユに対し、セツナは目を伏せて、私を守った候補生が遺したものだ、と言った。セツナは、自身の護衛についた候補生の少女を騒がしいと思っていた。彼女は朗らかな性格で、問わず語りに、色々なことを話した。セツナが生まれた頃のオリエンス東方4大国で、婦人の権利が認められたのは蒼龍くらいだった。他国においては、婦人は無視され、時には虐待される存在であった。セツナの両親も、娘が生まれたことに落胆し、産声を上げたばかりの命に、刹那に死ぬようにと言う、呪詛を込めた名を与えた。当時、朱雀の辺境地域においては、望まれない生を受け、成人前に死んだ娘は息子となって両親の元に戻ってくると言う迷信があった為だ。皮肉なことに、早くに死ぬようにと言う呪いをかけられたセツナはその後、ルシとなって長い時を生き、後に生まれた、彼女の両親がそうまでして望んだ息子は、幼いうちに死んでしまったのだが。候補生の少女も、似たような境遇で育ったらしく、双子の弟ばかりが可愛がられ、候補生となった途端に家を追い出されたのだと、笑いながら話した。わたしは候補生になれば認めて貰えると思ったけれど、間違いでした。少女はそう言って、赤い守り刀を、大事そうに撫でた。それは、彼女と同じように、無視され、疎まれる存在であった祖母が、与えたものだと言う。おそらく、少女の両親は息子よりも出来の良い娘が、疎ましかったのだろう。セツナは少女に対し、特別な感情を抱いたわけではなかったが、自身と同じように、娘として生まれたが為に両親に疎まれた彼女が遺した短刀を、捨て置くことは出来なかった。目を伏せて、過去を思うセツナを目の当たりにしたアギト候補生、シュユ・ヴォーグフォウ・ビョウトは、自身の手が震えていることに気付き、狼狽した。悲しげな表情をしたセツナは一層、美しく見える。これ以上、この美しいひとの髪に触れていることには耐えられない。切って貰うよう、頼むべきか。否、ビョウト家の息子とあろう者が……余談だが、シュユは三男だ。家長位は先ごろ結婚した長兄が継ぐことになっている、婦人にそのような、残酷なことを頼んではならぬ。先ほど、何の躊躇いもなく切ってしまうかと言ったセツナとて、ルシとなる前は、己の髪を大事にしていたはずだ。相手がルシであれ一般の兵士であれ、長い髪と言うものは、戦いの場においては邪魔物以外の何でもない。戦場では、満足に髪を洗うことすら出来ないのだから、短く切った方が衛生的でもある。だが、セツナはルシとなった今でも、髪を長く伸ばし、婦人らしく、慎ましやかに纏めていた。セツナの亜麻色の髪は細く、ふわふわと柔らかい。シュユは地面の上を転げ回りたい気持ちになりながらも、セツナの髪を解くことに集中しようとした。一方のセツナは、暫くの間、ぼんやりと短刀を見つめていたが、やがて、候補生、汝はビョウト家の子息か、とシュユに訊ねた。セツナは、シュユの祖父にあたる人物……現在では、息子に家長位を譲り隠居している、と、一度だけ会ったことがあった。その時、既にビョウト家は没落しかけていたが、彼はビョウト家の息子としての矜持を忘れず、強い信念を持ってクリスタルに使える候補生であった。彼女の問いの意味を測りかねているシュユに、セツナは、私は汝の祖父と、会ったことがある、と告げた。汝は彼と、同じ目をしている。シュユがアギト候補生となり、家を出ることが決まった時、彼の祖父は、お前は、候補生となり家を出た時の私と、同じ目をしているな、と言って、未だあどけなさの残る孫息子を送り出した。シュユは、私が候補生となった時に、祖父も同じことを言いました、と、僅かに上ずった声で返した。私も祖父と同じように、セツナ卿の記憶に残れるだろうか。そう思った時、シュユは生まれて初めて、死者のことを引きずらないようにと、その記憶を消してしまうクリスタルの”配慮”に、恐怖心を抱いた。死者の記憶を忘れることは、必ずしも良いことではない。シュユは頭の片隅でそう考えながらも、セツナの髪を解くことに意識を集中させた。卿、取れましたよ。シュユの声で我に返ったセツナは頭の後ろに手をやり、髪の毛が絡め取られていないことを確認してから振り向くと、薄く微笑み、礼を言う、候補生、と言った。セツナに微笑まれたシュユの頬が、熱を帯びる。どうしたのかと訊ねるセツナに、シュユは、何でもありません、と悲鳴のような声で返した。と美しい乙型ルシの背を見送ってから、シュユは地面に座り込み、頭を抱えて、呻き声を上げた。自分は、セツナ卿に、朱雀の乙型ルシである婦人に、恋をしてしまったのだ。しかし、クリスタルの意志に従い、クリスタルの為だけに戦うルシがどうして、一アギト候補生の想いを受け入れようか。まだ、戦乱多きオリエンスにおいてはいつ敵同士になるか分からぬ、他国の婦人と恋に落ちた方がましだ。恋に悩むシュユの呻き声を聞きつけた候補生たちが、それを噂の幽霊の声と勘違いして集団ヒステリーを起こし、思春期の少年少女が集まる場所でありがちな、ちょっとした騒ぎに発展したが、当のビョウト家の三男はそれに気付かず、寮に戻り、窓の外をぼんやりと見つめながら、セツナのことを想った。
作品名:須臾と刹那 作家名:えれな