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グッバイ・パピーラブ

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その6



『あなたが虎徹さんを想う気持ちは、あなたの本当の感情ではないんです』
 そうバーナビーに言われて、悲しくなると同時に胸のあたりが苦しくなった。心臓なんて器官は無いのに。

「ト、ラ」
「!」
 のっしりと急に背後から伸しかかられて、夕食の片付けをしていたトラの手が止まる。
「遊園地、楽しかったか?」
「あぁ、楽しかった。今日は付き合ってくれてありがとう、コテツ」
 観覧車の後、回復したバーナビーがフリーパスを使い倒すと意気込んで様々なアトラクションを巡ったが、その間トラはバーナビーに言われた言葉が気にかかってあまり集中出来なかった。その事を虎徹に悟られてはいけないと微笑んで見せるが、虎徹の顔は晴れない。
「ならいーんだけど、さ。元気なさそうだったから、気になってたんだ」
「……」
 そんなに解りやすかったのだろうかと驚きながら自分の頬に触れると、虎徹の手が頭を撫でてくる。こうして触れられるのは嬉しいし、心地良いのだが、そう思考する事自体違うのだと意識して、トラは虎徹の腕をやんわりと遠ざけた。
「トラ?」
「片付けが終わったから、今日はもう休む」
「そっか…んじゃ、おやすみ」
「おやすみ、コテツ」

 挨拶を交わして、部屋へ戻る。閉めた扉に寄りかかり、虎徹の手を避けるタイミングは唐突すぎただろうかと反芻していると、何やってるんだと声が掛かった。視線を上げると、ベッドに寝転がっているウサの怪訝な瞳とかち合う。
「……なんでもない」
 そうとだけ返してクローゼットに向かいかけた足は、ベッドに起き上がったウサに手招きされて立ち止まる。仕方なく近づくと腕を取られて、するりとウサの腕の中に引き込まれてしまった。やはり身体能力の差は歴然だ。
「お前、マスターと何かあったのか? 観覧車の後から様子が変だ」
「!」
 虎徹にもだが、ウサにも感づかれていたとは。人間らしく成長していると言えば聞こえはいいが、感情が読まれ易くなるのはあまり良い事ではないのかもしれない。これ以上読み取られたくない、とウサの肩を掴んで離そうとしたらさらに拘束する力は強くなる。
「オレたちがコテツに懐く理由でも吹き込まれたか?」
 耳元に響く確信を突いた言葉にウサの顔を見れば、不敵な笑みが見下ろしていた。
「……マスターは、まだ確証は無いと言っていた」
「当たりかよ」
「ウサは知っていたのか? だから…」
 ラボに戻る、とウサが切り出したのは夕食の時だ。バーナビーの仮説を体現した様なウサが、虎徹から離れようとするなんて。“違う”と知ったから、なのか。
「解ったのはオレも最近だ。それに、コテツに好きに生きろと言われたからな」
 トラが言いかけた続きを汲みとったウサは、穏やかな表情で話す。そこに先日の悲しそうな色は無くて、トラはそっと安堵した。けれど刷り込まれた感情は、どう制御したのだろう。尋ねようとした所で、するりとネクタイを解かれた。ウサの手元を見下ろせば、手際良くシャツのボタンも外されていく。
「どうして脱がすんだ?」
「着替えるんだろう?」
 確かにトラは、休む時は寝間着に着替える。アンドロイドだから“寝る”事はないが、充電効率を良くする為にスリープ機能のタイマーが設定されていた。ウサがやってきた初日、スリープ中はベッドで寝るよう言われていると説明したらウサは妙な顔をしていたのに。それに、手伝われるのは不思議な感覚だ。
「自分ででき…」
「もう時間だろ? 後はオレがやっておく」
 ウサの腕を掴もうとした手から力が抜けていく。時間を確認すれば、移行まであと1分を切っていた。身体中の力が抜けて、緩やかにトラはウサの腕の中に落ちる。
「おやすみ、トラ」
 薄れる感覚の中でウサの声が遠くに聞こえて、額に何か触れた気がした。ウサに訊きたい事がまだあるのに、明日にはいなくなってしまう。その事実が少しだけ寂しかった。
作品名:グッバイ・パピーラブ 作家名:くまつぐ