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グッバイ・パピーラブ

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その5



 突然引っ張られてゴンドラに引き込まれるや否や、虎徹の背中にずしりと重みが巻き付いてきた。背後をチラ見すれば、案の定ウサがぴったりとくっついている。構わず席に座ると、ゴンドラが不穏な音を立てて傾いた気がした。
「やっぱもたなかったかー。今日は朝から触って来なかったから、いけると思ったんだけど」
「無理だ。一日一回はコテ充しないと」
「こて…?」
 何の略称なんだろうと謎の単語の意味を考えながら、虎徹はよしよしとウサの背中を撫でてやる。ウサを引きとってから一週間程経ったが、何故か毎日の様に虎徹にくっついて来た。単に人恋しいのだろうと思ったが、くっついて来たがるのは虎徹にだけで、バーナビーにも虎徹と同じ顔のトラにも反応しなかった。引き剥がしてもくっ付いてくるウサに観念した虎徹は、そのうちバーナビーが止めに入って来るのを見越して好きにさせていた。
「しっかし、どーしてお前はこんなに俺にべったりなんだろーな? トラはそんなことないのに」
 トラとは一月程前から緒に暮らしているが、トラから触れてくる事は少ない。ましてや抱きついてくるなんてことは滅多に無かった。
「……消せないんだから、仕方ないだろ。それに、トラは時間の問題だ」
「え?」
「全部マスターの所為、と言う事だ」
「……どゆこと?」
 話が分からず小首を傾げると、拘束がゆるりと解ける。ウサの言う“コテ充”とやらは済んだのか、虎徹の対面に座り直した。動きに合わせてゴンドラが揺れる。
「解ったんだ」
 窓の外を眺めているウサがぽつりと漏らすのを聞き逃さずに、虎徹はウサに視線を向けた。
「オレがこんなにコテツを好きなのは、マスターの感情の影響を受けた所為だって事」
「バニーの?」
「マスターのコテツへの想いが強烈過ぎたんだ」
 愛されてるなコテツ、とウサは楽しそうに付け足した。その突拍子も無い発想に、虎徹の首は益々傾く。確かに彼らのAIは独自に成長しているらしいが、アンドロイドは機械で、ロボットなのだ。人間の感情が影響なんてするものなのだろうか。
「そんな事、あり得るのかよ」
「あぁ。それが何か解らなかっただけで、最初から在ったんだ。それに、どうしてもそれは消せないから。だから、本当はオレは、コテツの事を好きじゃない」
 そう話すウサの声は淡々としていたが、酷く辛そうな顔をしていた。無理矢理自分に言い聞かせている様な、違和感を覚える。言いたくないなら、言わなきゃいいのに。
「だったらどうして、そんな顔してんだよ」
「どんな顔してる?」
「すっげー泣きそう」
「……アンドロイドは泣けない」
 拗ねたように俯くウサの事が放っておけなくて、虎徹は身を乗り出すと対面にいるウサを抱きしめた。涙を流せないというのも、苦しそうだ。大人の男二人が並ぶにはきつい席に座ると、ゴンドラがまた軋む。
「オレの役目は飼い主のコテツを守る事だ。だからコテツの傍にいて、ずっと守っていたいんだ。でもそれも出来ないならオレは…いらないだろう?」
 ウサのしがみつく力が強くなる。好きじゃないなんて、嘘だ。
護衛用だと言うウサは、その名の通り人を守る事に長けているとバーナビーが言っていた。けれど虎徹はNEXT能力者であり、ヒーローであり、それ以前に男として守られる側になるなんて考えた事が無かった。それが無意識にウサを傷つけていたなんて。
「良かれと思ってお前の事連れてきたけど、俺、お前に酷い事してたんだな」
 ごめん、と謝って虎徹はバーナビーとよく似た手触りの髪に触れる。
「でも俺は、お前が作られて…生まれたからには、役目とか関係なく、自由に生きて欲しかっただけなんだ」
「……コテツは酷い」
「謝っただろ」
 悪かったって、と再度謝るとウサの肩が揺れて笑う気配がした。
「コテツ、キスしていいか?」
「……断れないって分かってて訊いてるだろ、お前」
 小首を傾げて見上げてくるあざといウサの仕草に、困惑した虎徹はあっさりと音を上げた。バーナビー本人にだってこんなに可愛く迫られた事なんてない。近づいてくるウサの顔に、虎徹はしぶしぶ目を瞑った。
「…っ」
 舌を絡め取られる深いキスに反射的に背筋が粟立つ。だからどうしてこんなにリアルに作っちゃったんだ、と虎徹は胸の内でバーナビーに八つ当たりする。離れる間際に、ちゅ、と音を立てて名残惜しげに唇の端を吸われた。
「コテツ、オレ明日ラボに戻る」
 キスの余韻を残さずいつものハンサム顔に戻ったウサが、爽やかに告げる。うっかり頷きそうになった虎徹は、慌ててウサの肩を掴んだ。
「え、な、なんで!? 俺の事守れないからか? そんなの気にするなって言っただろ! それにお前、戻ったら廃棄されるんじゃないのかよ…」
 考え直す様に説得すると、ウサに手を取られて手の甲にキスを受ける。まるで王子様の様な所作に、虎徹は驚いて動きを止めてしまった。
「心配するな。コテツが飼い主になったから、廃棄される事はない」
「……廃棄されに戻る訳じゃないんだな?」
「自由に生きろと言ったのはコテツだろう?」
 逆に尋ねられて、虎徹は言葉に詰まる。好きに生きて欲しいのは事実だし、この決断はウサにも考えがあっての事なんだろう。それならば反対する理由は無い。虎徹は短く息を吐く。
「よし。じゃあ、行って来い」
「ありがとうコテツ」
 そうしてウサは、鮮やかに笑った。観覧車は、いつの間にか地上に近づいていた。

作品名:グッバイ・パピーラブ 作家名:くまつぐ