君を偽りながら生きている
「おい、どうしたんだよその怪我。治さねえのか」
「……何でここにいるんだよ」
「気になったんだよ。お前が怪我すんの珍しいし、そのままにしてんのも珍しいから」
「檜佐木に関係ないだろ。それにここ、十一番隊だから。さっさと出て行けよ」
つんとした態度を取っても檜佐木は応じない。檜佐木には嫌味も通じないし、こいつはきっと馬鹿で鈍感という最低なタイプの男だろうと、今まで何度も思ったことを更に上塗りした。檜佐木は出て行くどころか僕の隣に腰を落ち着けて、更に僕の腕に巻かれた包帯をよく見ようと何の許可も得ずにひょいと僕の腕を手に取った。手入れなんて一切されていない無骨な指先が隠れた傷跡をなぞるように包帯の上を這った。ぞわぞわとして僕はその手を払い、檜佐木を思い切り睨みつけた。
「綾瀬川」
しかし檜佐木は一切動じずに立ち上がり、再度僕の手を取った。くい、と軽く引っ張られると僕の腰が浮いた。
「離せよ!」
「ここじゃ見つかるだろ」
「は!? 何言ってるか全然わかんないんだけど!!」
苛立つ声が大きく響く。檜佐木は周囲をぐるりと見渡したあと、僕の耳元に口唇を寄せて、小さく小さく、まるで褥のなかで睦言を囁く恋人のようなほど小さく儚い声で、言った。
「あっち行けばあんま人いねえから、そこで俺の霊力吸えば良いだろ」
一瞬、言い返す言葉がうまく浮かばなかった。君の力なんて要らないよ、とか、すぐに怪我が治ったら一角が訝しむだろ、とか、言うべき言葉はいくつもあるのに口唇を突いて出てくるまでには至らなかった。
沈黙した僕を肯定したと取ったのか、檜佐木はそのまま遠慮なく僕の手を掴んで歩き出した。不思議なことに隊舎を出るまで誰にも会うことはなかった。十一番隊員が大人しく隊舎に閉じこもっているわけが無いからもしかしたらどこかに出動しているのだろうか。そうしたらきっと一角もそこにいるのだろう。
もしも、そうもしもここで誰かに会っていれば、僕は一気に現実に引き戻されるようにしてこの手を振り払っていたような気がする。けれど誰にも、一角にも会えないまま、僕と檜佐木は静かに黙って歩いてしまっていた。夢から醒めるきっかけを見つけられないまま眠り続けているような感覚だった。霞がかった思考が浮かぶ。僕は一角が好きで、一角に触れたいと、触れてもらいたいと常々思っているのに、どうして今僕が触れているのは檜佐木なのだろう、と。そして重ねて思う。僕が一角に触れたいと思う以上に檜佐木はいつも僕に触れてきている、と。
ふと振り返る。さっきまで僕が座っていた縁側に、透明な陽射しがふうわりと降り注いでいた。
作品名:君を偽りながら生きている 作家名:ラボ@ゆっくりのんびり