砂糖菓子のきらめき【静帝】
その日は月が綺麗だった。
特に理由もなく恋しくなる日というのがあるものだと静雄は息を吐き出す。
夜の闇はネオンで失ってしまったかと思っていた。
少し脇道にそれればちゃんとある静かな空間。
冷えてきたとココアを買ってみる。
携帯電話のアドレス帳を開きながら溜息一つ。
(ココアを一緒に飲まねえかって……そんな誘い文句もねえよな)
メールでも電話でも気軽にと言ってくれた年下の少年。
一度も使っていない番号へ通話を押す勇気は静雄には湧いてこない。
頭上を見れば月。
大きすぎて息を飲むほどの月。
ふと、会いたくなる。
ココアをもう一つ買って自分の馬鹿さ加減に少しだけ落ち込む。
渡すべき相手もいないココアは冷めるだけだ。
「しずおさーん」
聞いたことのないような調子の外れた声。
それでも誰かは分かる。
「竜ヶ峰?」
「やっぱり、しずおさんですよねえ」
顔を赤くしてふらつきながら舌足らずに道の向こうから手を振っている。
どういう状態なのか一目瞭然だったが年齢を考えて静雄は眉間に皺を寄せた。
「お前、酒飲んでんのかッ」
「しずおさー、うあっ」
静雄の方へ来ようとした時に道路の段差で転んでそのまま手に持っていたらしい物を散乱させる。
座り込んで呻いている帝人の方へ静雄は慌てて駆け付けた。
車の通りが少ないとはいえぶちまけたのは道路の真ん中だ。
「うえぇ、あぁっ」
「落ち着け……って、何だこれ」
半泣きになっている帝人に驚きながら帝人が拾っているものに静雄はきょとんとする。
暗いということもあるがよく分からない。
小さいということだけは分かる。
しゃがんでサングラスを外して見ればゴツゴツしていた。
「星屑ですよ」
「はあ?」
一つ掴めば少しベタついた。
帝人が近づいて来たかと思えば静雄の指をくわえた。
正確に言えば静雄が拾い上げたものを食べた。
「おま、これさっき落ちたヤツ」
「静雄さんは金平糖食べないんですか?」
「金平糖……あ、あぁ、飴か」
「これは期間限てぃっく」
しゃっくりしながらばら撒いた金平糖を拾い集める帝人。
「落ちたヤツを食べるのはやめろよ」
「1時間ルールですよ」
「長いな」
「ここは綺麗な道路です」
「そうでもねえよ。せめて……洗ってからにしろ」
「ぜんぶ、みずにとけちゃう」
泣きそうになっている帝人の背中を撫でてやる。
所詮は酔っ払いだ。
「結構持ってるヤツも残ってるじゃねえか」
「でも、ばらまいちゃったんです……かたづけないと」
「それだったら手伝ってやるけどな。食うなよ?」
「さくらなんですよ」
「はあ?」
「お花見していました」
「危ねえぞ」
「しずおさんがいるから平気ですよ」
「……それで、酒飲まされて飴もらったのか?」
「このお星さまはさくらなんですよ」
自慢げに笑う帝人。
空にかざすように金平糖を持った。
「今日は星がきれいですから」
「月が綺麗じゃねえのか?」
「ふつうは月があんなに大きかったら星は負けてみえないですよ」
「……ああ、そういうもんなのか」
聞き流していたが金平糖を集める手を止めて上ばかり見ている帝人に
つい「首疲れねえのか?」とたずねてしまう。
こんなに近くにいるのに帝人の目線が別の場所に向かっているのが気に入らなかった。
「さくらのあじがするんですよ」
「桜に味なんかねえだろ」
「桜餅たべたことないんですか?」
「あ? あぁ……そっか……あれが桜味ってやつなのか?」
「さくらの葉っぱがお星さまにはいっているんです」
「金平糖ってスゲーな」
「星屑きらきらあま~い」
「だから、食うなって!!」
落ちたものを拾って口に入れる帝人の頭を掴んでゆする。
目を回しているが拾い食いは悪いことだ。
「んんっ……しずおさんも食べればいいです」
口移しで味わうことになった桜味の金平糖。
砂糖の溶けていく甘さの中にふわっと香る懐かしい味。
「桜餅はこの頃食べてねえな」
「このごろもなにも、春になったばかりですよ」
明るく笑う帝人は静雄の方を向いていた。
コンビニで見かけたら桜餅でも買いたい気分だ。
「なんでそんなに上向いてんだ」
「疲れるからです」
「上向く方が疲れんだろ」
下ばかり見て拾い集めるのに飽きたのか、酔っ払いのたわごとか。
「しずおさん……せがたかいから」
「今しゃがんでんだろ」
「見上げてると首が疲れるんですよ」
「今は同じぐらいの位置だろ」
「近いと……きんちょうするじゃないですか。つかれます」
頬の赤みを増した帝人が抱きついてきた。
顔を俯かせているので静雄の視線から隠れているのだろうか。
帝人の両手は金平糖で埋まっていた。
「俺は疲れるか?」
「みあげてるとつかれます」
「今は?」
静雄の質問には答えず笑い声だけが聞こえた。
かわいらしいと単純に静雄は思った。
立ち上がれば不満気に見上げてくる帝人。
「くびが……おれる」
「そりゃ大変だな。……これでいいか?」
抱き上げれば帝人は静雄の首に抱きついた。
機嫌の良さそうな声が聞こえる。
「お前の顔が俺は見たい」
「ダメです。しずおさんは月をみるんです」
「星じゃなくてか?」
空を見れば月とは逆側のそらに星が確かに綺麗に見えた。
都市部では珍しいと少し見ていれば頭を叩かれた。
「なんだ」
「月がひくい位置にあったので」
「……そうだな。いつも上じゃねえんだよな」
真上ではない月の位置に静雄が同意すれば髪の毛を引っ張られた。
先程まで機嫌の良さそうだった帝人が不満たっぷりに拗ねた顔。
今日だけでも見たことがない姿をいっぱい見た。
なんだか特別な夜だ。
静雄は何だか嬉しかった。
「どうかしたか?」
「お月様には触れないので疲れるのですよ」
「俺には抱きついてるからいいんじゃねえか。どうした?」
「しずおさんとお花見したかったんです」
「そっか」
「しずおさんとお月見したかったんです」
「あぁ、俺もそう思ってた」
左右のポケットに一つずつ入れたココアの缶を思い出す。
帝人は飲みたいと思うのだろうか。
「こんぺいとうは空からおちてきたんです」
「この飴は星っぽいのか?」
「イガイガ。お星さまはイガイガ」
「くれんのか?」
「……んっ。僕付きでいいんなら」
落としてない綺麗なままの金平糖を口に含んで帝人は静雄にキスをする。
何度も何度も。
「あはは、しずおさんがいるからお月見もお花見も天体観測もできちゃいましたねえ」
楽しそうに金平糖が入った袋を振り回す帝人。
中身をこぼしそうだったので静雄は預かってやることにした。
「おーつきさま、おーつきさーま」
「髪の毛だ」
「でも、金平糖はほしですよ。イガイガだから」
「じゃあ、ウニも星か?」
「ウニも栗も中がきいろいですねー」
答えになっていなかった。
「ちゅっ。しずおさんも桜をあじわってください」
「っ、……うまいな」
星屑は甘い甘い桜味。
作品名:砂糖菓子のきらめき【静帝】 作家名:浬@