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遠かったあなた。

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春のうららかな陽の光が、そよ風を連れて二人の間をすり抜けていった。

「最近、変な夢を見るんです。」



南校舎の3階突き当たり。そこに僕らのいる生徒会室がある。
いくつかのロッカーとカラフルなファイルのしまわれた本棚、すみに落書きされたホワイトボード。四角に並べられた4つの長机。8脚のパイプ椅子。
たったそれだけの高校の生徒会室。
窓からは放課後のクラブ活動に取り組む生徒達の声がする。

四角の机に向かい合わせで座る僕と、副会長の先輩。

「へぇ、どんな?」

先輩は溜めに溜めた書類を目の前に敷き詰めたまま、口にゴムをくわえ前髪を噴水よろしくまとめようとしていた。
ブレザーをパイプ椅子の背中にかけ、なぜか体育用の青いジャージをブラウスの上から羽織るその姿からは、まさか学年一位の秀才だなどとは思えない。

「そこは木造の、まさにお寺みたいなところで……豊かな自然に溢れた大きな建物の渡り廊下で、」

語順がぐちゃぐちゃだと先輩が笑った。
悪かったな。
構わず僕は続ける。

「僕は古代人みたいな服を着て、手にたくさんの巻物を抱えてそこを歩いてるんです」

先輩は髪をくくり終え、書類に目を通し始めた。頭の上では小さな花が咲いている。
僕は話ながら今日最後の書類に取りかかろうと、斜め前にあったそれを手間に寄せた。

「やけに鮮明だな」

先輩はそう言って笑いながら、シャーペンを二回ノックした。

「何度も見ましたから、さすがに覚えました」

そっか、と、また先輩は笑った。

「そんなに何度も見るってことは、何かの啓示じゃないのか?」

「例えば?」

お互い顔をあげないまま、先輩は言った。

「前世の記憶、とか」




沈黙。



サッカー部の笛の音が聞こえた。
生徒会室に話し声はない。
たださっきと違うのは、僕が手を止め、先輩を見つめているということ。
先輩は相変わらず流れるように仕事をこなしていた。

「先輩、頭大丈夫ですか?」

「おまっ!失礼だな!」



それでもこちらを向かない。

「学校史上一番の秀才が、前世だなんて馬鹿馬鹿しい」

「ロマンチストと言えロマンチストと」

先輩は2秒くらい文を流し読みしてはすぐにサインしていく。速読もできるのかこいつ。

◆◆◆


それからしばらく、僕らは何も話さず仕事に集中した。
長い沈黙。

破ったのは僕だった。

「先輩、言い損ねましたけど」

「ん~?」

「夢、続きがあるんです。」

先輩の手が止まった。
ちょっとしてやったと思ってしまう。

「……どんな?」

僕は終えた仕事をファイルにとじ、それを傍らに置いて話すことに集中する。
先輩は手は止めたものの、目線は下を見たままだ。

「僕が巻物を抱えて歩いてたら、お内裏さまみたいな帽子被ったおっさんが僕に体当たりしてくるんです」

「へぇ~」

ニヤリと笑う先輩。何かが面白かったらしい。
やられる側にしたらたまったもんじゃないってのに、全く。

「で、いつもその人に何すんだって怒るのに、向こうは幸せそうに笑ってて」


その人はいつも僕に四つ葉のクローバーを差し出して、



『また な、妹子。』



いつも大事な所は聞こえなくて



なのに僕は微笑んでいて、それを受け取ろうとしたとき、

『ありがとうございます、太子』



「目が、覚めるんです」

いつの間にか僕はうつむいていた。
ふと顔を上げると、先輩が今日初めてまともに僕を見ていた。
先輩は頬杖をついてペンを回していた。忙しい人だ。

「本当に何を言ったのか聞き取れなかったのか?」



「えぇ、そこだけしか。」

先輩は残念そうにそっか、と微笑んで、また下を向いてしまった。



時計を見ると、5時15分前を指していた。
いつまでもここにいても仕方ない。
僕は立ち上がり、床に置いていた部活用のエナメルを肩に担いだ。

「じゃあ僕はこれで」

ドアに手をかけると、後ろから椅子の動く音がした。

振り返ると先輩が立ち上がってこちらを見つめていた。
いつになく真剣な眼差しで。


「………なんですか」


いつもより低い声でそう聞くと、先輩は目を泳がせてしまった。


「いや……何でもない。ごめん。」

先輩はそう言ってまた座った。シャーペンをまた握る。

作品名:遠かったあなた。 作家名:大月