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押し入れの国のキトゥン

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天井の白熱灯の辺りでぱちんという殊更大きな音がして、羽毛布団の羽のように頼りない物がひらひらと畳の上へ落ちて来た。かげろうだった。長い触覚を戦慄かせてまだ生きている。焦げ付いた羽に埃がからまって、そのうち埃と見分けがつかなくなりそうだ、と鷲津は思った。治が泣いている。ここから出るべきじゃなかった、ここで良かったのに、おれはここで良かった。

 ごめん、と治が枯れた喉で囁いた。ちょっと待って。ちゃんと送るよ、タクシー呼ぶから、もう少しだけ待って。
「いい。帰らない。」
鷲津はさくらんぼの香りのするビールを一口煽って、体が温まらないものかと思った。貰い物のワインばかり飲んでいる自分にこういうのだって美味しいんだよと香ばしい香りのする真っ赤な色の甘酸っぱいビールを買って来てくれた、治の顔を思い出した。あれは実刑判決が出る少し前のことだったのに、あの頃の治は不思議に落ち着き払っていて、それは別れの朝まで変わらなかった。
「お前を置いて行きたくない。」
治は答えなかった。
「だから開けてくれ。寒いし立てないし、凍え死にそうだ。お前より先に死ぬのは願い下げだ。」
ややあって、未練たらしくも指の隙間ほどだけ襖が動いた。鷲津がその隙間を広げようとすると治は押し入れの奥へと体を縮こめた。
「手、貸してくれ。脚が動かない。」
治は嗚咽を漏らしながら体を動かし、襖をもう少しだけ開いて、鷲津の肩に腕を回した。鷲津は治の痩せた体に思い切り力を篭めてしがみついてやった。
 押し入れの中には布団まで敷いてあって使い古した毛布が何枚もごちゃごちゃに積み重なっていた。それが治の体温を吸い込んでいて暖かい。頭を打たないように身を屈めていると、治がやや乱暴に鷲津を毛布の中へと押し込んだ。それを許して髪を撫でてやった。短い髪。項が少しざらつく。くすぐったいのか、治が小さく笑った。だって鷲津さん、おれより六つも年食ってるじゃん。おれよりずっと働いてるし、きっとおれなんかより本当に早く死んじゃうよ。治の手が何とも言えない仕種で鷲津の頬を撫でた。
「今夜凍死しなくて済んだんだ、別にいい。」
「いいの?」
治の声がまた少し潤む。
「お前がここに入れてくれたんだから、いい。」
夢みたい、と治が呟く。子どもの頃の他愛もない夢の中で逃れ難く取り憑かれ合ってしまった人間と二人きりで目を閉じることがお前の夢だったろうか。治の頬が心臓の上で微睡む。鷲津は眼鏡を外し、彼の夢を邪魔しないようにそっと目を閉じた。
作品名:押し入れの国のキトゥン 作家名:Julusmole