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葎@ついったー
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die vier Jahreszeiten 012

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012



「どうしたんですか。今日は随分と欠伸が多い」

絶対に表情に出しているつもりはなかったのに,この聡い同僚は俺が必死に込み上げる欠伸を噛み殺しているのを覚ったらしい。
しまった,と内心で肩を竦めながら傍らにちらりと視線を向ける。
こちらを見ることなく声をかけてきたのは本田菊。
今年の五月から俺がウェイタ件バーテンダ見習いとしてアルバイトしているダイニング・バーのチーフ・バーテンダだった。
目の端に浮かんだ涙を指先で拭いながら視線をはずして,俺は肩を竦めた。

「ちょっと寝不足でさ」
「あぁ,今日はクリスマス・イヴですもんね」
「昼までケーキ作ってて」
「ケーキ?」

手を止め,華奢な身体がくるりと俺の方を向いた。
小さく首を傾げる仕草が可愛らしい。
整髪料をつけない漆黒の髪が動作に合わせてさらりと揺れる。
菊は俺より十も年上の菊はびっくりするほど童顔だ。
本人にも自覚はあるらしく一度「俺の制服着たらフツウに学校入り込めるんじゃねえ?」と冗談で云ってみたら「試してみましょうか?」と悪戯な笑みで返された。

「フランシスくんはいい意味で年齢に見えませんね」
「いい意味ってどういう意味?」
「店にとっていいという意味です」

……どうやら一応気にしていたらしい。
やわらかな口調と穏やかな表情で皮肉られた。

いつも微笑みで他人との距離を取るような菊だったけれど,どうしてか俺は気が合うみたいだった。
俺…というよりも俺が作る菓子と気が合うって方が正解かな。

「…ケーキ」

繰り返された単語に,俺は苦笑を浮かべて事情を説明した。

「菊の分も,て思ったんだけど,流石に一度に作るのは三個が限界で」
「あ,いえ。催促したわけでは」
「アレ,そうなの?俺のブッシュド・ノエル食いたくなかった?」
「……私に意地悪して楽しいですか?」

カウンタの中を行き来し,酒を作り,グラスを磨きしながら交わす会話。
クリスマス・イヴ。
店は予想していた通り盛況でぴったり肩を寄せ合ったリーチ目なカップルやそれを横目に鬱憤を晴らすように叫びたる寂しい客たちで賑わっている。

「悪い悪い。ちょっと揶揄っただけだって。苺がシーズン迎えたら菊のためだけにひとつ作るから」
「その言葉,忘れませんよ?」
「指切り,する?」

磨いたグラスを棚に戻し,リネン製のクロスを持った手を腰に当てて芝居がかった仕草で右手の小指を差し出してみる。
すると菊はほんの一瞬口をへの字に曲げ,伸ばした小指をそこに絡めた。

「約束,ですからね」
「はいはい」

シェイカーを再び手に取る菊の頬がほんのり赤く染まっている。
子どもじみたことをしたのを恥じ入っているらしい。
あー,駄目だ。ほんとに可愛いなあ。

高校に入学して,一ヶ月はぶらぶらしていた。
長い夜を一人で過ごすことに慣れなくて,夜の街を彷徨ってみたりもした。
そうして拾うレトルトパウチな恋愛はお手軽だけど長続きはしない。
それはそれで楽しいものだけど,どこかで心が磨り減るような虚しさを感じてもいた。
そんなときぶらりと尋ねたのがこの店だった。
案内に立ったウェイタに一人なんだけど,と告げると案内されたのがこのカウンタの端のスツールだった。
腰掛けてよく磨かれたカウンタに頬杖をついてオーダしたカクテルが届くのを待つ。

「お待たせしました」

穏やかな耳触りのいい声と同時に華奢なグラスが差し出される。
それが菊だった。
淡い橙色のスポットライトが漆黒の髪に文字通り天使の輪を作っていた。

あのときはまさか自分がここで働くようになるなんて思わなかったけれど,カウンタで頬杖をついて何杯かグラスを開けているうちに店の人間がアルバイトの面接の日程を菊に確かめに来た。
頬杖をついてフロアを行き来する熱帯魚のように綺麗なfemmeと視線を交わしながらそれを聞くともなしに聞いていると,会話を終えた菊が空になったグラスに気づいたらしく俺に声をかけてきた。

「次は何をお作りしましょうか」
「同じのを貰おうかな。――ところでこういう店って,アルバイトってどうやって募集するか聞いてもいい?やっぱり雑誌とか?」
「…申し訳ありません。聞こえてましたか」
「勝手に聞いたのは俺の方だし」

ウォッカ,スロージン,ドライ・ベルモットとレモンジュースを手早くシェーカに注ぎ込み,耳を傾けるようにして優雅な手つきでシェーカを振るい,触れる唇が切れそうに薄いグラスの縁にうっすらと砂糖を盛る。
そこに仕上げたばかりのカクテルを注ぐと「キッス・オブ・ファイヤー」の完成だった。
名前が気に入ってこのところはこればかり飲んでいる。

「お待たせしました」
「ん。――で?」
「アルバイト,でしたよね。今回は店員のツテで面接を受けることにしました」
「へぇ,そうなんだ。仕事は何?バーテンダ?」
「ホールも兼務してもらうことになるかと思いますが,基本的には私の補佐,ということになるかと思います」
「その面接するって人は確定?」
「いえ,やはりお客様あっての仕事ですから一度会って人柄を確かめてみないと」
「…ってことは割り込む余地はあるってことか」
「?」
「ハイ。俺も立候補」

かくして翌週から俺はここに立つことになったってわけ。
童顔で,仕草も可愛い菊だったけれど,職場の上司としてはスパルタだった。
穏やかだけれど厳しい声で何度も叱られた。
けれどもその後のフォローは細やかだったし,何よりも傍らで観察していると菊の仕事が完璧だった。
それに少しでも近づきたいと,暇つぶしに始めたつもりだったアルバイトはいつしか俺の生活の中心になっていた。

仕事を覚えていくうちに生真面目な上司と仕事外のことも話せるようになった。
甘党だ,というのを聞いた次の出勤日,小さな箱に収めたケーキを差し出すとびっくりした顔をされたっけ。
俺が作ったって云うと,その目が更に見開かれた。
渡したケーキはまるで宝物みたいに大事に扱われて,カウンタ下の冷蔵庫に高級フルーツと一緒に収められた。
次の日,バイトにやってくるなり菊は「昨日のお返しです」と花のかたちをした和菓子をくれた。

聞けば菊の実家は代々続く和菓子屋で,菊は先代である祖父に可愛がられて育ったせいで一通りの和菓子のレシピを叩き込まれているらしい。
白と桃色,淡い紫色の餡のそぼろで包み込まれた菓子には明かりを反射してきらりと光る滴のような飾りがされていた。

「紫陽花を模して作ってみました」

芸術だ,と素直に感心した。
そのままを言葉にすると,菊はいえいえ,と珍しく頬を赤く染めて照れていたっけ。

今では時間があると互いに菓子を作って交換し合い,定休日や週末の昼間,二人して予定がないときは待ち合わせて評判のいいカフェにお茶しに行ったりする。
そんな関係を気づくことが出来た。

菓子を作るのは嫌いじゃなかったし,悪友たちや実家に入り浸るクソガキにもおすそ分けすれば喜ばれるしね。
誰であっても喜ぶ顔を見るのは楽しい。
苺の季節がやってくる前に,利息として何か焼き菓子でも作ろうかな。
俺は忙しく立ち働きながらそんなことを考えていた。

午前四時,最後の客を送り出した。