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スノイリス
スノイリス
novelistID. 37340
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夢の中で見る夢《仮》

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Act.00 *******



「君は私たちの誇りだよclef」
「……金づる、として、でしょ……」

「君のその類まれな声は魔性だ。
 兄夫婦は偉大だったな。君という歌姫を生んでくれたのだから」

「……お前を、許さない」

「何を言っているのか見当がつかんな。
 アレは事故なのだから」

clefと呼ばれる少女は唇をかみ締め、鏡越しに男を睨みつける。
自分を歌姫にするためだけにこの男は。

自分の両親を事故に見せかけて殺したのだから。

しかし、当時子供だった己にそれを立証する術もなく。
もう、今に至っては時効に近く相手にしてももらえない。

こうやって反論し、反抗するしか彼女にはもはやできなかった。

歌姫として現在彼女は動いている。

次の場所に移動するために、彼女は男をにらみつけたまま部屋を出て。
追いかけてくる男を感じつつも、そのまま歩いて外に出て。

瞬間、目に飛び込んできたのは。

左目を怪我でもしているのか、閉じてこちらを見ている猫。

「……ね、こ……」

種族名を呼べば、猫はみゃぁと軽い反応を返す。
暫く見詰め合っていたが、後から男に彼女が声を掛けられると猫は駆け出していく。

「なんだ、アレは……野良猫か?
 まぁいい、さぁclef……clef!?」

待て、と声を上げる男を無視して。
彼女は走りにくいロングスカートを両手で握り、はしたなく持ち上げて猫を追いかけていた。

追いかけないといけない気がしたのだ。

猫はチラチラこちらを見ている。
明らかに、ただ逃げているようには見えない。

「まって……!待って、ねこ……!」

声を上げれば、みゃぁと一声鳴いてまた走る。
必死に、彼女はそれを追いかけて。
袋小路に突き当たる。
壁の目の前にあるマンホールの蓋が開いていた。
そして、その横にちょこんと座る猫の姿。

尻尾でマンホールのふちを叩く。

なんだか、不思議の国のアリスに自分がなったように彼女は感じていた。
ウサギの代わりがこの猫の気さえしてきた。
ゆっくりと歩み寄っても。
猫は逃げない。

「……私、呼んでた、よね……?どうして……?」

猫は可愛らしく鳴いて、淵を叩く速度を速める。

「……入れ、と」

まるで夢だ。

そう、コレは夢なのだろう。
きっとそうだ。

彼女はそう思って。
マンホールの淵に足を下ろす。
猫は自分をじっと見上げて。
一声鳴いていた。




―これぐらいしかできないんだ―
―これくらいしかできないの―




同時に響いた男と女の声に、聞き覚えがあり。
彼女が目を見開けば、ねこは人間のように顎をしゃくってマンホールを示した。
それと同時に。

「clef!」

男の声が響いて。
其方を見てから、彼女は。

「……私、clefなんて名前じゃない……
 私は、雪姫……闇里、雪姫よ……!」

トン、と自分で淵を軽く蹴って。
その中に落ち、音もなく吸い込まれる。

猫も男を見た後で。
その姿を虚空に溶かして消えていた。

彼女が落ちたはずのマンホールも、跡形もなく。一緒に。

男はただ成す術なく。
狐に化かされたような表情で立ち尽くすだけなのだった……





























奇妙な夢だと彼は思った。
見たことない調度品であつらえられてる広い部屋にいる、三人の親子。
優しそうな母親、頼りなさそうだが芯の強そうな父親。そして、その親子と似ている可愛い女の子。
笑いさざめいている会話内容は聞こえない、響いていない。
が、見ていて暖かい光景だった。

しかし、次は別の場所にいきなり移動して、今度は音まで響いてくる。

耳に残る幼いが妖しい歌声が響いていた。

それが、少しばかり成長していたあの女の子の出すただの歌声で。
それを聞いている親族の一人が怪しい顔をしているのを見て。

『なぁ兄よ。ただの一般人にしとくにはもったいない才能だと思わないか?』
『断る。あの子に親の私たちも勧めたが、あの子は平凡が良いといったんだ。今の幸せが好ましいと。
 だから、我が子に歌姫の道は勧めないよ。それに、あれは魔性だ。あの子自身も幼いながら感じている』

一見危ない会話。
それを聞いた後で、また場所が切り替わる。
どよめく広い灰色で覆い尽くされた地面のその場所。
白い線が規則的に描かれる中に彼は立って。
その向かい側で。
彼女が自分の方を愕然と見つめているのを見つめて。
ゆっくりと、ゆっくりと彼の前まで歩んできた少女は、彼の身体の向こうを見つめて。
その場にがくりと膝を落とす。

なんだか嫌な予感がして、彼が後を振り向けば。

地面に、血を流して倒れている男女が二人。

『……父様……?母様……?ねぇ……どう、して……?置いてかないで……ッ!』

あの妖しい、麗しい声をつむぐ唇が嗚咽を漏らす。
彼がガタイの良いその身体をかがめ、腰を落として少女に成長したあの女の子を触ろうとしても、それはすり抜けた。

何でこんなものを見せられるのか。

それから、彼女の父親の弟らしいあの男がやってきて。
彼女をあれよあれよと言うまに歌姫に仕立て上げてしまっていた。
ショックで髪色が真っ白に抜けてしまった少女に、休む暇も与えず。

「こんなもんを何で見せられなきゃなんねぇ」

―知って欲しいからよ―
―身勝手だが、救って欲しいんだ―

響いた声に、彼が振り向く。
周りの景色はもはやない。
黒いだけだ。
その彼の少し前に、身体を青白く光らせる彼らは立っていた。

先ほど見ていた光景の一つ。

親子の、両親。

「触れもしねぇ娘ッ子をどうやって救えッてんだ」

―私たちが摂理を曲げれば大丈夫だわ―
―君のいる場所に、彼女を送れさえすればいいんだ―

「娘の意思は無視か」

―我が弟ながら、あんな男の傍においておきたくはない―
―だから、いろんな場所を見て回って。貴方の傍なら安心できると思ったの―

身勝手は承知だ。と二人が彼の前に膝を着いて頭を下げる。

「……はぁ、そういうのには弱いんだよなぁ……仕方ねぇ。どうするんだ」

―受けてくれるのか?―
―死んだ身だから、何もお返しなんてできないけど……面倒をかけることになるわ。本当にいいの?―

「いきなり弱気になるなよ。俺は嘘は嫌いだからな。できることならやってやる。
 で、どうすりゃいいんだ」

彼の言葉に、夫婦は顔を見合わせて本当に安堵したように微笑みあい。
彼に説明を始めた。

まず、人型で送り込むことはできないから動物の姿で送り込むということ。
そうしたら初めにいた場所を覚えて、彼女をそこに連れてきてそこに入れること。
そうすれば移動は完了らしい。
役目を終えた彼も、その扉のような役割をする何かもお役ごめんでその場所から消える。

そして、最後に重要なこと。

移動する場所は相当住んでいた場所といろんな環境が違うらしい。
磁場がどうとか、空間の歪がどうとか聞きなれない言葉ばかりで彼は理解しきれなかったが、それでも彼女に起こる身体的異変は理解できた。

―貴方の場所とあの子の場所はいろいろと違いすぎる。
 神の摂理を私たちは捻じ曲げる。だから、その場所に慣れるまで彼女はきっとリスクを受け続ける―

「たとえば?」