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ワルプルギスの夜を越え  2・羊小屋の子ども達

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行く道を隠す薄く張った靄の中でも、羊たちの声はひっきりなしに響いている。
集団でいるという安心感を鼻で謳歌し、足音を鳴らして進むちょっとした音楽隊のようだ。
ただし霞みの向こうに見える集団の姿はかなり滑稽でもある。羊たちの黒い顔だけが靄の中に浮かんで見えて、大きめの虫が変に地面近くを集団で飛んでいるようにも見えるからだ。
知らない人がみたら奇妙な行軍だが、そこは羊の鳴き声で驚きには変わらないだろう。

季節は秋から冬へ。山に潤していた緑は嗄れて屍の葉を十重二十重と敷き詰める。
小さな街道は木の葉達の地に戻る帰化への道に変わり、踏みならされる枯れた薄っぺらい音を羊たちの声に合わせる。
そこに牧者の鈴の音が加わり軽やかで順調な帰路を賑わせる。
家路に向かう羊たちと羊飼いの行進曲。

「町だ…」

先頭を歩いていた小さな影の牧童は、小高い丘に着いたところで歩を止めた。
所々に点在する森を迂回して歩き回り、ひょっこりと出たところに丘はある。町に帰る羊飼い達は一度は必ず止まる。だから場所は小さな禿げ山のようになっているが見晴らしは良い。
眼前に広がる盆地の中央に円形の城壁を持つ町を一望できる場所は、山から下ろす冬の風の下で曖昧な輪郭を見せている。
一月と数日ぶりの帰宅。
丘に立った少女は粗末な衣服を羽織り、大きな杖を立て一息をついた。
枝別れのない真っ直ぐに伸びた杖は、元の付け根の部分を上に、くびれの部分に鈴をつけたもので少女の身長を一回り超える大きさ。
羊を導く者にとって大切な牧者の杖は少女の自慢の一品でもあり、大きさからも誇らしげに見えるが、着ている服は対照的にボロだった。
黒色だった外套は、何度の長い放牧の旅で色あせ紺色になりそこかしこと糸が解れている。同じくすすけた帽子は房を二つつけた愛らしさはあるが、やはり年期の入った汚れ具合。
防寒のために深く被った帽子の下に伸ばしっぱなしの長い前髪の下で目を凝らす。
山から下ろす冷えた風に髪を揺らして白い息を流して。
まだ小さく見える町を見つめる。
一方で止まった牧者を綺麗に避けて羊たちは進んで行く。長い放牧の終わり、安全な住処への道をようよう。
慣れた道のりだ、もう指示は無くても一匹が忘れなければみな従順に進む。
はたで見ていると前の羊の短い尻尾を、蝶を追うような可愛い目を輝かせて。

本格的な冬を前にした最後の放牧。
身丈を上回る大きな杖をもった少女は町の景色から目を離すと一度だけ山の方に目を向けて、もう一度町を見て小さなため息を落とした。

「帰ってきちゃった…」

帰還を喜ぶのとは程遠い声は自分を置いて進んでいく羊たちに鼻で押されて歩き出す。
羊たちのマーチに続くが…鈴の音は先ほど響かせていた軽さが失われていた。少女は整然と進む羊たちの中を一人不協和音な足取りで丘を下っていった。
深く俯いて顔を見せないように。





まだ紫色の夜の残り香が町を覆っている時間に羊小屋の喧噪は始まっていた。
車輪のような外殻を持つ城塞都市の中でも教会裏庭から続く回廊が途切れたところ、そこから一つ下った道に並ぶ倉庫がある。
昔は蛮族の侵入に備えた食料庫だったり、家畜小屋だったりしたところに一つだけ煙が上がる小屋がある。
外壁を石と漆喰で繋いで重ねた小屋は、危険のなくなった今の世では随分とみすぼらしく所々が欠け落ち虫食いのようになっている。その隙間から間の抜けた朝の一声が聞こえる。

「ロミー〜〜〜〜エラ起こしてぇ〜〜〜〜」

角のない柔らかすぎる溶けた口調の少女は、釜戸の種火を起こしたばかりか、すすに汚れた顔を調理台から出す。せっかくの金髪まで黒く炭を被っているが気にもしない様子の愛嬌の良い丸目は、向かい側に立っている茶色い髪を肩まで伸ばした身の丈小さな少女ロミーに頼んだ

「まかせといて!!!」

鼻息荒くロミーは歩くと、軽く自分の身長を超えているピッチフォークを槍のように構える。
そのまま、冬用に貯め込まれている刈藁の山めがけて突きだした
「うりゃ!!!とりゃ!!!」
小さな彼女がフォークに乗せられてダンスするように、しかし激しい音を立てて藁の山を刺していく、何度目かの衝撃に合わせて山の中から何かが跳ね出た。
吊り目を大きく開いた短い金髪は口をへの字に眉を怒らせて藁まみれの顔をロミーと付き合わせるが…、ピッチフォークを自慢気に持つロミーは惚けた眼差しを向け

「あら、おはよー、寝坊助エラ」

一回り背も高い、年上と思われるエラに対してかなりの高飛車口調、鼻で笑った顔を見せた

「おっまっえっわぁ!!!起こしに来て永遠に眠らせるつもりか!!」
藁を被ったままエラは怒鳴る、しかしロミーはひるまない。
ペラペラに薄い胸をドンと張って言い返す
「働かざる者死すべし!!」
「どんな格言だよ!!!働く前に殺しに来てるんじゃねーか!!」
「マリア様の慈悲で残念な事にまだ生きてるでしょ」
「残念ってなんだぁぁぁ!!」
減らない口、負けない顔でエラとロミーは怒鳴り合う

「朝から大きな声出さない」

日課の喧嘩を割って入ったのはボロのストールを羽織ったアルマだった。
この小屋では一番年上になるアルマが朝食の仕度に降りるのは二人の喧嘩の声が合図になっている。これはもう定番だった。
小さな小屋の中を、簡単な木板で仕切っただけの部屋。こんな大声で喧嘩をされたら小屋の外まで誰にでも聞こえるでしょう。そういつもの説教を指差し確認しながら自分の赤毛を編み込みしてアルマは聞く

「市場に仕事しに行くんじゃなかったの?エラ、それにシグリ?」

釜戸の火を大きく起こし鍋をかけた少女シグリは、惚けた眼のゆっくり口調で答えた

「エラがぁ〜〜〜起きないから火の仕度してぇ〜〜それから〜〜鍋置いてぇ〜〜それから〜〜まだ起きなかったら〜〜具を切ってぇ〜〜〜それからいこかなぁ〜〜〜ってぇ」

どこまでもスローな語り
言葉まで煮込んで溶かしてしまったかのような間延びした声が断ち切られる

「おら!!いくぞぉぉぉぉ!!!」

さっきまでの藁まみれから一転がっちり綿入りのベストを着込んだ姿に、羊の毛で作った白髪の帽子を被ってドア前に立っているエラ。
着た切り雀のエラは普段着のままで寝た上にお手製ベストを着ただけという無頓着ぶりでドアを開けると飛び出していく。
身の軽さと早い行動が信条である彼女の後を一瞬目を点にして送る三人だが

「まって〜〜〜まってまってエラぁ〜〜〜〜」

慌ててシグリは追いかける。
玄関に掛けてある同じくエラ手作りのベストを引っ張って外に出るが、その場の小さな階段から転げ落ちる。
機敏なエラと比べるといかにも鈍くさいシグリ。二人のいつもの光景をアルマは追って玄関まで行くと

「二人とも、気をつけるのよ!!」
無事にという言葉をかけるアルマの隣でロミーが吠える
「しっかり稼いでこいやー!!」
「もう、だめよロミー女らしくして」
口に手を添えて注意、だが本当の叱責ではなく和やかな瞳で
「さっご飯作ろう、まずハンスに持って行ってあげて」
アルマの優しい笑みにロミーも柔らかく笑うと早速スープを鍋から掬いだし仕度をしてハンスのいる部屋に向かった。

「…音が変だね、何かずれてる感じ」