ワルプルギスの夜を越え 2・羊小屋の子ども達
いくつもの苦難がいつも目の前にある身としてはどうしようもないほどに溢れる願いだ。
今日を生きる事は明日のご飯の事。そういう祈りを何度も重ねるように願った。
小さな体に、フードの突いた外套。
教会の仕事を手伝うため、外側は解れのない外衣だが、中身はやはりみすぼらしく継ぎ接ぎを柄物のエプロンで隠すようにしていた。
足下の靴はエラが作ってくれた綿入りだが、この綿も羊たちが落とす毛を野原や牧舎を巡ってやっと集めて作ったもの。
両膝をついて手を合わせるヨハンナは、自分に良くしてくれる仲間を思って、弟を見てくれる友達を思って祈っていた。
金色の髪と同じ薄い金の眉毛をきつく顰めて
「ただいま………」
祭壇の前でひざまずいていたヨハンナの背に懐かしい声がした
「ナナ、ナナなの!!」
合わせていた手をほどき振り向く、きつく祈っていた緊張からほどかれ微笑みの花を咲かせて
「うん、今帰った。教父様にご挨拶をしたら………ヨハンナがいるっていうんで………」
どこかよそよそしく静かに語るナナに、ヨハンナは勢いよく走って抱きついた
「良かった!!帰ってくる日を7日も遅れるなんて………みんな心配してたんだよ!!」
勢いに後ろに倒れそうになったナナは頬を真っ赤にして、抱きついた手を軽く叩いた
「全然大丈夫だよ!!羊がね、ほら今回の放牧が終わったら次は春まで出られないでしょ………だから、ねっ」
「そういう事じゃなくて………本当に心配してたんだから」
「そうだね、うんそうだ」
危うく前髪が跳た髪を整えると、ヨハンナの弾んだ息と涙の混ざった声を感じて申し訳ない気持ちになった。
深呼吸をして自分の息を整えると顔を見つめて丁寧にこたえた。
「ありがとう、本当に………ありがとうヨハンナ。おかげで無事に帰ってこられたよ」
うんうんと少しタレ目がちのヨハンナは、潤んだ目を輝かせて
「マリア様のおかげだね、ちゃんとナナを見ていて下さったんだわ」
マリアを現す大円形のグラス・マレライに目を向ける
「そうね………うん」
輝く瞳で感謝を祈るヨハンナの隣でナナは目を背けた
それには気が付かず声を黄色くして感謝を捧げたヨハンナだったが、振り返ると小さく重いトーンに変えて
「でも怪我したのね………」とナナの足を見た
ここに来る前、エラやシグリと会ったときには気が付かれなかった部分に気が付かれた。ナナは少し足を引き隠そうとしたが、目の前のヨハンナの視線に嘘はつけなかった
「参ったね、ヨハンナには隠せないね………でも、みんなには内緒だよ」
「みんな気が付くよ、仲間の事なんだから」
参ったと首を振るナナ。
二人に向かって教会の中に入り込む夕日が長く伸びる影を作る。
石畳は室内とはいえ少しずつ冷たさを伝え始めていた。
口をつぐんだナナにヨハンナは手を伸ばした。相手のぬくもりを手で確かめるために
「うん、そうだね。エラが市場で色々貰って帰るって言ってた。今日はご馳走だね………嬉しいよ、戻ってこれて」
「私も嬉しいよ、みんなも嬉しいよ。さあ家に帰ろう!!」
手を繋ぎ二人は歩き出した。今日は少ないながらのご馳走が出る。
ささやかな楽しみのために早足で夕餉の煙を煙突から流す羊小屋に帰っていった。
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補則
*1 ブルボン
洋菓子の一大王国(嘘)
ブルボン王朝のフランスの事ですw
設定上の近隣国であり、時代がそのぐらいという意味で書きました。
本当はもっと庶民が嫌味でつかう汚い名称があったのですが、そんなの書いてもわかんなくなりそうだったのでw
*2 クルチザンヌ
国家公認の国王愛人の事です。
日本語に訳すと高級娼婦としか出てこないので、元の国の言葉をそのまま使いました。
娼婦といっても上位階級を虜にする教養豊かな女性達で宮廷娼婦(サロンメイド)のたぐいになり、贅沢命の人達でしたwww
作品名:ワルプルギスの夜を越え 2・羊小屋の子ども達 作家名:土屋揚羽