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【腐向け】光【15歳以上推奨】

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 思わず、渋沢はその堅く閉じていた瞼を開いた。真上にあるのは、怒りも悲しみも、何の色も乗せていない藤代の顔。その眼は赤く潤み、数滴の涙をはたはたと零した。
 そして彼は鼻をすすって、瞳の奥に光をちらつかせる。
「……おれから離れていくなんて、許さない」
 渋沢の両肩を手で押さえ付けながら、藤代は乱暴に口付けた。およそ喰らい付くようなその動作は、幼い猛獣の様に拙く、そしてひたすらに一所懸命で。
(――ああ、これだ)
 攻撃的な唇が、濡れた音を響かせながら渋沢の感情を吸い上げた。じんと頭に熱が宿る。
(おれは、こいつがすきなんだ)
 眼を背けることなど不可能だ。諦念を伴う幸福に眩暈がした。
 藤代に貪られるという行為を受け入れた渋沢は、しかし舌先ひとつ動かさない。それは死の病に罹ってから、存在しない薬を探すことに似ていた。
 捕食行為の様な口付けを恍惚と味わっていると、首筋に何かの気配を感じた。
 あんなにも強く押さえられていた肩は、いつの間にか解放されている。つまり、喉元に絡みつくこれは、
「っ――!」
 悲鳴は唇によって遮られた。
 大したものではないのだろうが、呼吸を困難にするには十分なその力。藤代は最後に渋沢の舌を吸ってから、ようやく口を離した。
 その顔を見て、渋沢は悟った。
 身体の力を出来うる限り抜いて、彼の手に身を任せる。喉はひくついて僅かな酸素も取り込もうとするけれど、それは純粋に生理的なものだった。渋沢自身が求めているのは、空気によく似た全く違うもので。
 塩辛い滴がぼたぼたと顔に降り掛かる。どうしようもなく心地よく感じて、どうかこの雨が止むことのないようにと、愚かしくも祈ってしまう。
 暗くなり始めた視界の中、藤代の闇の様な黒い瞳とそこから溢れる滴に全神経を集中させる。見失いたくない。
「…ずっと、眠れないんです」
 夢を見ているようにぼんやりとした響きの声が、耳に入る。
 闇の中で狂猛な光を放つ、彼の瞳だけが導だった。彼の子どものような笑みが救いだった。それだけが自分の意識を保たせていることを知っていた。
「あんたのことばっかり考えてる。ずっと、ずっと、ずっと、ずっと」
 ぎり、とその指先に更に力が込められる。妙に甲高い音が勝手に喉から絞り出た。
「気が狂いそうなんです。どうしようもないんです。あんただけが、」
 意識が遠くなり始める。ぶるぶると唇が震える。
 闇を、光を、瞳を、無我夢中で追った。そしてここ数日の既視感の正体に気付く。
(そうだ、この眼は)
 幾度も見て、魅せられた。そしてその度に渋沢を昂らせた黒。
 貪欲にボールを、ゴールを、勝利を追い求める、肉食獣の眼だった。
 そしてその奥にちらつく常にない異色の光は牙――獲物の息の根を止める、鋭い刃。
 この光を見つけた自分は誰よりも幸福だと感じた。首に食い込む彼の指に異常に満足していた。
 痛みなど既になく、あるのは稀にみる多幸感、そして彼、藤代の存在のみ。
 視界が悪い。霧の中で試合をしているようだ。白黒の球を追っているのは変わらないのだなと苦笑する。顔の筋肉が動いたかどうかは定かではないが。
 ――藤代に喰われるのならば本望だ。そう思った。






 瞬間、首に感じていた指先の感覚が突然薄れた。
 咄嗟に考えたのは、己の最期。しかしその直後には頭の横でなにか重量のあるものが落ちたような音、その更に後に、堅く大きなものによる衝撃が右半身にあった。
 急激に流れ込む空気にむせて幾度も瞬き、そして己の生を確信する。
 視線を彷徨わせて眼に映ったのは窓を抜ける僅かな光、そして目を閉じて傍らに横たわる、稚い子どもの姿だった。
「……ふじしろ…」
 説明の出来ないなにかが急激に込み上げてきて、熱いものが目の端から零れた。次々に溢れるそれを、止めることが出来ない。まるで壊れた水道だった。
 動かし辛い身体を無理矢理捩じり、寝息をたてる彼と自分の額、そして鼻先を触れ合わせて瞼を下ろす。
 流れる涙などどうでも良い。ただ、彼に少しでも触れていたかった。




 静かな部屋に心電図の様に高い機械音が短く響き、



 ――そして、闇が全てを包み込んだ。