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【腐向け】光【15歳以上推奨】

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5



 南向きのその部屋の中は、ほとんどすべてのものが窓から差し込む光の色に染まっていた。
 帰省のために荷造りをしている渋沢も例外ではなく、元より茶色味がかっている髪が、夕陽をうけて橙の色を反射している。
 鞄に必要なだけの荷物を詰めていると、目線がふと作業をする手の先に留まった。
 ほんの、一瞬であった。それなのにその手の先、中指の先に走る一筋の赤い切り傷はその瞬きの間に渋沢の目を奪い、動きを止めさせた。
 ごくり、喉が鳴る。
 胸の奥で澱み始める熱に、動揺した。目を伏せ頭を振ってもそれは消えることなく、それどころか瞼の裏に黒い瞳がはっきりと映り、熱が更に拡がる。
(……窓を開けよう)
 部屋はかなり冷えてしまうだろうが、どうせ同室の辰巳だけでなく寮生の殆どは既に帰省しているのだ。室温を気にする者は自分以外に特にいない。年の終わりを目前に控えた風ならば、きっとこの熱も連れ去ってくれるだろう。
 無意識に肉の薄く裂けた指を視界から退ける。無傷の手を窓に近づけた時、前触れもなく部屋の扉が開かれた。その気配に息を呑む。
「渋沢さん」
 返事はしなかった。――否、出来なかったのだ。
 素足が床を滑る音。扉が静かに閉まる音。その両方を聴いた時、捕われたという感覚が足首から絡み付いてきた。身動きなどとれる筈もない。ましてや、逃げることなど。
「……なんで返事してくれないんですか」
 疑問の形をとった言葉。しかし答えを必要とはしていない、その声。酷く冷ややかで、よく透き通って、それはまるで氷柱の様で。
 しかし背後から伝わる藤代独特の温度は、この冷めた声と同じ持ち主であるとは信じ難い程に熱い。
 感じるのは両極端な二人分の熱。部屋の温度さえ分からなくなってしまった。
 そ、と両肩に手が触れ、背筋が凍る。ゆっくりと、首の周囲を囲む彼の腕。項に感じる熱い吐息。
 呼吸すら忘れて彼の動きを神経の全てで追っていると、包囲はある位置で止まった。気付いた瞬間、羽織っていたシャツを強引に剥がされる。
「な、」
 手首の辺りまで脱がされたシャツに動揺するが、妙な姿勢のためにうまく動けない。その内に裾を腕にきつく巻かれ、ただの布であったそれは綿の手枷となって渋沢を拘束する。何が起きたのか分からなかった。
 混乱している内にぐいと身体を回転させられ、互いの身体が向き合う。初めに目に入ったのは、黒い瞳。次に笑みの形に歪んだ薄赤い唇。
 その両の色に気を取られている隙に、強く腕を引かれてベッドに倒された。足をベッドの淵に強く打ち付け、小さく悲鳴を上げる。
「ああ、ごめんなさい、痛かったすか? でもま、そんな大した痛みじゃないっしょ」
 比べれば、さ。そう続いた言葉が理解できず、そして余りに冷酷な響きを抱いていて、渋沢は怯臆した。
 ――誰の、なにと?
 尋ねることは出来なかった。
 あの内臓の色をした唇で、口を塞がれてしまった。
「――ん、」
 懐かしさを覚えるその感覚に先程の声の冷たさも忘れ、暫し浸ってしまう。
 柔らかく乾いたその肉は、渋沢の唇に驚く程よく馴染む。初めからそう造られているように、ぴたりと。
 しかし無意識に彼に触れようとした腕が動かないことで、渋沢は我に返った。
 駄目だ、いけない。余りの心地良さに忘れかけてしまった。
 ――もう自分達は、恋人ではないのだ。
 強引に顔を背け、融け合いかけた唇を引き剥がす。
 少しでも目を開いていたら彼の瞳に己の全てを喰われそうで、そのまま堅く目を閉じた。
「…なんで?」
 その言葉の直後、首筋に感じる鋭い刺激。生暖かいもので覆われたその痛みに喉の奥から低い呻きが洩れる。ぎりぎりと加えられていく力。
(――人間の顎はここまで強いのか)
 痛みからの逃避か、無意味にそんなことを考える。しかし確かに感じる、恐怖以外のこの感情は、一体。
 余りの痛みに息が詰まり、身体が痙攣する。そこでようやく顎が離された。
「……血、滲んでる」
 呟きと共に、その咬創を舌が這う。ぬるついた感触とじりじりとした痛みに、込み上げるものが確かにあった。
 そんなまさかと必死に己を否定する。けれど誤魔化しようもないこの感覚は。
「ねぇ、渋沢さん、――興奮、してるでしょ」
 脳髄を這うそれは、正しく快感であった。
 藤代の膝が、股間に当てられる。その僅かな刺激にさえ、勃ち上がりかけていた渋沢自身は硬度を増した。
 喉から零れるのは、熱い吐息。
「ね、自覚ある? こっち向いてないのに、エロい顔してんのがスゲー分かる」
 ついと藤代の細い指が喉をなぞれば、背筋に甘い痺れが走る。
「……この前さ、渋沢さん、別れようって言ったじゃないすか」
 不意に彼が発した言葉に甘い感覚も忘れ、ずくりと胸を突かれる思いがした。
「アレで、渋沢さんはおれのこと嫌いになったのかなって思いました。でもね、おれ、例え嫌われてたとしても渋沢さんを失いたくなんかないんですよ、絶対。なんでか分かります?」
 淡々と紡がれる言葉。震える渋沢の喉は、音を発することすら出来ずにいた。
 返事は元々必要としていなかったのだろう、藤代は構わず続ける。
「あんただけなんですよ、おれをひとりじゃなくさせてくれるのは」
 言いながら、彼は渋沢の左胸に掌を当てた。骨が目立ち始めたその手は、けれど未だ幼い影を残している。
「おれ、サッカーが好きです。同年代の奴らなんかより、ずっと巧いって自分でも分かってます。天才って言われるのも、最初は凄く嬉しかった。……でもそんな言葉、おれと他の奴らの間に線を引くための体の良い文句でしかないって、途中で気付きました。『お前はおれたちとは違う生き物だ』って、その言葉で拒絶してるんだ。サッカー仲間は、いつも一歩引いた感じで接してきて。ちょっと調子良いときなんか、バケモノ見るみたいな目をされたりして」
 心臓を掴むように、少し爪を立てられる。びくりと肩が揺れた。
 震える身体は恐怖のためか、それとも。
「渋沢さんに初めて会ったとき、直感でわかりました。このひとはおれと一緒だ、って。野生の勘ていうのかな。このひとしかいないって思ったんですよ。実際、そうだったし。武蔵森に入ってから巧い奴らに沢山会ってきましたけど、おれと同じなのは渋沢さんだけでした」
 強く顎を掴まれ、無理矢理に顔の向きを変えられた。いま目を開ければ、彼の瞳が正面にある。渋沢は一層、瞼に力を込めた。
「あんたに会うまで、おれはずっとひとりなんだって思ってた。いつの間にかそれでも平気になってた。それなのに…ずっとひとりで平気だったのに、あんたが平気じゃなくさせたんだ。ひとりじゃないって変に希望なんか持ったせいで、その希望が捨てられなくなった。あんた無しじゃいられなくなった」
 段々と震えていく声。弱々しくなる語尾は、ほとんど消え入りそうであった。
 頬に何かが落ちて、つうと垂れていく。
(これ、は……)