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四月九日

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『四月九日』





玄関のチャイムが鳴ったのは、九日の昼過ぎになってからのことだった。

誰何などは一切せずにとにかく扉の方へと急ぐ。
開けると。そこには、僕が予想していた通りの人物が立っていた。

緋勇龍麻。

もったいなくも眼許を覆い隠してしまうような長い前髪と、いかにも不健康そうな白い皮膚は全く相も変わらず。しかし、ほとんど着飾るということをしないはずの彼がいつもより何処となく『よそゆき』風に見えるのは、僕の気の所為なのだろうか。
そう思い掛けて胸中で首を振る。
否、こと彼に関して働く己の直感は単なるあやふやな当て推量の類ではないのだから、自分がそうだと感じたのならそれはやはり、そう、なのだろう。
つまり、彼はわざわざ今日の僕の為にきちんと身なりを整えて来てくれたのだと。
僕は、そう思っても良いのだ。

「おはよう」

抑揚なくそう言って、彼が左手を上げる。
昼過ぎという時刻にそぐわぬ挨拶をしたのは、恐らく彼自身がついさっき起きたばかりである所為だろう。あくまで世界の時刻ではなく自身の生活に合わせて挨拶をする彼に、僕は少し笑いながら同じくおはようと返し、それから自分の部屋へと彼を招き入れる。

「ほんとはもうちょっと早く起きるつもりだったんだけど、寝たのが何しろ五時だったからさ」

言い訳のつもりなのだろうが、全く悪びれた様子はない。緋勇龍麻という男のいつもの遣り方だ。
尤も、あまり面識のない相手にならそれ相応の顔を作って見せるのかも知れないが、幸か不幸か僕は彼のそうした表情をほとんど見たことがなかった。

「また、本?」

目と段の数を確認してからひとまず編みかけていた糸と針を仕舞い、背後に問い掛ける。すると、あからさまに拗ねた声音が返った。

「えェ、そうですね、どうせ本ですけどね」

振り向かずとも彼が今どんな表情をしているのかがよく判り、僕はまた笑ってしまった。
普段は、誰と何をしている時でもこうして自然と笑みがこぼれ落ちるようなことなどほとんど有り得ないのだが。やはり、それだけ彼という人間が僕にとって特別だということなのかも知れない。
それにしても。
僕の為に身なりを整えはしても、僕の為に夜更かしをせず早々に起床するというところまでは彼の意識の中にはないようで。そのことを恨むわけではまさかないけれど、相変わらずの独特な線引きと許容範囲が、本当に興味深くておもしろかった。
夢中になるのもほどほどにといつもの癖で言い掛けたが、せっかく訪ねてきてくれた彼に説教もないだろうと思い直し、浮かんだ小言はとりあえず微笑の奥へ仕舞っておくことにする。しかし、相手をほぼ正確に理解出来てしまえるのは何も一方通行なものではなく彼とて同じことなのでうまく隠したつもりでも伝わってしまったのかも知れず、僕の顔を見詰めながら彼は、何やら不審げな表情を浮かべていた。白い頬に『いつもは説教をするくせに』と書かれているのがありありと見える。

「で、これ」

やや不機嫌そうな色を残す彼から、白い紙製の箱が手渡される。

「うん」
「ケーキな」
「うん、判ってる。 ありがとう、龍麻」
「ああ。 誕生日にはケーキだからな」

そう言って、彼は何故か不遜に胸を反らしてみせた。
僕は甘いものをそれほど好む方ではないし、龍麻も同じく得意ではない。それなのに、彼は僕の誕生日には小さなケーキを買って、こうして必ず訪ねてくるのだ。甘党でない僕らでも充分食べ切れるくらいの、本当にちょうど良いサイズのものを携えて。そして、さほど好きでもないそれを、わざわざ僕と一緒に食べてくれる。だから、僕も自分の誕生日には決して家を空けないようにしていた。僕を祝いに来てくれる彼を、こうして迎える為に。

「ありがとう」

彼を見詰めながら、もう一度言う。
本当は、何度口にしても足りないくらいの気持ちなのだが、僕のこういった気持ちも彼は正しく汲んでくれているのだろうか。ちゃんと余すところなく全て伝えられていればいいけれど、と、こういう時にはいつも思う。
彼は、くすぐったそうな顔をして軽く肩を竦めた。

「大袈裟」

彼の性質上あまり言われ過ぎても照れ臭いのだろうということはよく判っているのだが、彼が祝ってくれるのはやはりとても嬉しいことなのでついつい何度も繰り返してしまう。

「大袈裟じゃないよ、僕は心から君に感謝をしてる…それを伝えたいだけなんだ」
「だーかーらァ……、もうそれは充分判ってるんだって」
「ちゃんと言葉にするのも大事なことだろうな、と思って」
「……あああああもう、」

やっていられないとばかりに彼は踵を返し、勢い良くソファへ腰掛ける。
ぼわん、という跳ねるような大きな音。焦茶色のそれは、訪ねてきた時には必ずといっていいほど寝転がる彼のお気に入りの一品だ。

「判ったよ、ごめん龍麻」

互いに互いの枠の大きさを重々理解しているからやりすぎるということはないのだが、それでもとにかく謝っておく。
クッションを抱きしめたまま彼は眼だけをこちらへ向けた。

「……ほんとお前は真面目というか恥ずかしいというか……恥ずかしいというか」
「僕自身は別に、恥ずかしくないんだけどね」
「…………お前、謝ってたんじゃないのかよ」
「ああ、うん、ごめん」
「……」

僕は笑って、むくれる彼の髪を撫でた。
相変わらず彼の髪はさらさらとしていて、掌の上を流れていくような滑らかな感触がとても気持ちいい。

「で……ケーキは今食べる? 君が食べるのなら切るけど。 それとも夕食の後にする?」

離れがたくて、髪に指を通したままそう訊ねる。
すると、彼がクッションとの隙間から笑いを洩らした。

「なんで俺に訊くんだよ、お前の誕生日だろ? お前の好きにすればいいじゃん、俺はお前に付き合う方なんだからさ」

そう言われて、僕は首を傾げてしまう。

「それは、判ってる、けど……、…………えっと、参考までに」
 
本当は、龍麻の望みに沿うことが僕の望み、なのだが。
しかし、それをそのまま口にするわけにもいかないので、一応言葉を濁してみる。相手は誰であろう他でもない緋勇龍麻なのだから、そうした小細工は恐らく意味がないのだろうけれど。

「…………全く、お前は変なやつだよなあ」

彼は呆れたような可笑しそうな顔で眼を細めて微笑し、髪に触れている僕の手を引いた。
隣に座れ、と言っているのだろう。逆らうことなく僕はそのままソファへと腰を下ろす。

「へん、って?」

引かれた手はそのまま、龍麻の掌の中に在る。
龍麻に触れるとき互いの体温同士が混ざり合い次第に同じ温さになっていく、その感覚が僕は何となく好きだった。それを意識しながら訊ねると、彼はやはり呆れたような笑顔でちらりとテーブルの方に眼をやった。

「あそこに置いてあるワインってさ……明らかに俺用だよな?」
「龍麻の好きなビールも冷やしてあるよ」
「俺は、それが変だって言ってるんだよ。 確かに俺は客かも知れないけどさ、今日の主役はお前だろ? その主役がわざわざ俺の為にやたら色々用意してるっていうのはやっぱり変だろ……、普通は俺が用意したりするところなんじゃないの?そういうのは」
作品名:四月九日 作家名:あや