四月九日
もし僕が何も用意していなければ、彼がそれをしてくれたのだろうか。
その姿を想像しながら僕は小首を傾げた。
「…………そうかな」
「そうだよ」
「だって……、龍麻は僕を祝いに来てくれてるわけだから。 もてなして当然だと思うんだけど」
「………あれはいわってくれてありがとう!っていうお礼の為に用意してんの?」
「そりゃあそうだよ。 さっき言ったように僕は、君がああしてケーキを持って僕を祝いに来てくれるってことにすごく感謝してるんだからさ」
「……………やっぱり、お前は変なやつだよ、壬生」
本当に可笑しそうに笑い出し、彼は僕の首を自分の方へ抱き寄せた。
どちらかと言えば何だか大きな犬でも可愛がっているような雰囲気だったが、別段不快な感じはしない。
「変かな」
「確実に変だろうな、あらかじめたっぷりのお礼を用意して祝ってくれるの待ち構えてるなんて……まあ、来るけどさ? って言っても、そういうところが壬生のかわいいところなのかも知れないけどな」
「、かわいい……」
「そうそう、馬鹿な子ほどかわいい、ってな」
すぐ近くに彼の声が落ちて、先刻の掌と同じく触れ合っている首筋や頬の熱も、ゆっくりと境目なくぬるんでいく。
普段はそこまでではないのに特別な日である所為か何だか堪らない気持ちになって、こちらからもぎゅっと彼の身体を抱き寄せた。
「わ、」
腕の中に在る彼の身体はほんの少しだけ驚いたように一瞬固くなったが、それ以降はゆったりとちからを抜いて僕の方へ預けられるかたちになる。掛けられる彼の重みと熱が、ひどくいとおしい。
「龍麻」
ほんのりと冷たくて柔らかな耳朶を食み。それから唇を合わせた。
「……誕生日、おめでとう。 壬生」
「うん」
合わさる唇と唇の合間に、僕ひとりにしか聞こえないような密やかな声音が挟まる。
それに応えながら、彼の舌先を捉えて付根からぬるりと舐め上げた。
「、ん」
「龍麻」
「…………ハハ、何だよ、珍しく盛り上がっちゃって。 そんなに焦らなくてもだいじょうぶだよ、今日はお前の誕生日だからな……さっきも言った通り、メシだってケーキだってお前の好きなようにすればいいんだから」
鼻先で、彼が僕の頭を撫でながら言う。
彼の身体を抱きしめたまま、僕は彼の黒い眼を見詰めた。
「…………夕飯も、ケーキも、龍麻も?」
そう問えば、当たり前だとでも言うように彼の眼が笑みに細くなる。
「そうだよ、決まってるだろ。 今日は泊まってくつもりだし……昼からで恐縮だけど、誕生日が終わる時間までずっとここに居るからさ」
「……それは……、初めて聞いたな」
「ま、いま初めて言ったからな」
額を突き合わせて、ふたりで笑い合う。
互いの体温も、そうして認識も。全て溶け合っていくような感覚がじんわりと胸に満ちていく。恐らくは、これが幸福というものなのだろう。彼から与えられる幸福は、ほんの少し空恐ろしく思うほど甘くて温かい。
「………………龍麻、プレゼントをありがとう」
僕は心からそう言って、もらったばかりの誕生日プレゼントをありがたく開封することにした。