伝説の裏舞台! 炎を呼び覚ませ!
「……は、は、すごいなあ、こりゃ……」
鮮やかに過ぎた戦いにただ呆然とするヒデアキをアグニモンは一瞥して、それから、ふっと目を閉じた。
一瞬後、光のバーコードが繭のようにアグニモンを包み込み、それが解けた時にはそこにはもう、アグニモンはいなかった。
アグニモンがいなくなって、そこに立っていたのは、ヒデアキよりも小さな少年だった。
「あんたは……そうか、あんたが探し物、か」
炎を宿した赤銅の瞳に、そして何よりあの小鬼によく似た雰囲気に、なんとなくヒデアキは事情を察して一人頷いた。
「おおきにな」
にっかりと笑ったヒデアキに、見知らぬ少年もまたにっと笑って「こちらこそ、俺を助けてくれてさんきゅな」と返した。
「俺俺って、あいつと揃ってけったいなやっちゃなあ」
「まあね」
「嬉しそうにすなや」
ひとしきり笑い合って、ふと、少年が闇を仰いで「ここも、もうじきなくなるな」と呟いた。
「なくなる?」
「ここ、多分あいつが作ってた空間なんだ。だから、あいつがいなくなったらなくなる。元いたところに、帰れると思う」
赤銅の瞳の少年が笑う。
そうか、と頷いた先から、ほろほろと闇が解けていくのを感じた。
別れだと、直感的に思って、最後にと声を掛ける。
「なあ、あんた、名前は? 俺聞いてへん」
ヒデアキの問いに少年は炎を宿した瞳をついと細めて、微かにわらった。
「――炎の闘士」
自己紹介というにはあまりに謎めいていい加減で、それでも真摯に過ぎる声に結局それ以上声を掛けられないまま、瞬きの後、気付いたら、ヒデアキは見慣れた商店街の真ん中に、一人立っていた。
人混みの中を見渡してみたが、そこには炎色の髪の小鬼も、帽子にゴーグルの少年もいなかった。
「……ちゃんと帰れたやろうか、あいつら」
また迷子になっても、知らんで、全く。
肩を竦めて、ヒデアキは歩きだした。
時刻は6時1分。そろそろ夕飯の時間だ。
――所変わって、とある時計屋の奥の奥。
赤銅の瞳の少年――拓也は、帽子や眼鏡、髭でほとんど表情を読ませない老人と対峙していた。
「人間界とデジタルワールドからの同時転移と定着……やはりお主達を正常な状態で全員こちらへ迎えるのは無理そうじゃのう」
残念だ、とばかりに首を振る老人に拓也は肩を竦める。
「半ば分かってたんじゃないのか?」
「ほっほっ、ただの時計屋に毛が生えただけのワシには分からんことばかりじゃわい」
「どうだか……」
軽く溜息を吐いてみせたが、老人は動じない。
「ふむ、しかし、完全体……しかも明確な目的を持つものが、のう……ちいと、先ほどスキャンしたケルベロモンのデータを見てもよいかの?」
首を傾げる老人に、拓也は一つ頷いてデジヴァイスを渡す。
「何かあるのか?」
「いやな、もしかすると……ふうむ、やはり」
ふわふわと光を放つデジコードを繰るようにして何事かを確かめていた老人は、ある一箇所を見て片眉を上げた。
「遠く離れた孤島……炎系デジモンがもう一体…こりゃ究極かのう……」
「……どういうことだよ?」
「まあ、この世界にはぐれてくるデジモンは、この世界のデジモンだけではないということじゃろう」
ふう、と老人はわざとらしく溜息をつき、デジヴァイスを拓也の手に戻す。宙の一点を見遣って、老人はうっそりと呟いた。
「ハンター達を試す、いい機会かもしれんのう」
丸眼鏡の奥で瞳を光らせる老人に、拓也は半眼で口を挟む。
「なんか、ろくでもないこと考えてないか?」
「なに、ちょっとしたゲームじゃよ、ゲ、エ、ム。そうじゃのう、有力株には大体招待状を渡しておくとするかの」
老人はふんふふん、と鼻歌でも歌いそうな勢いだ。
「ああ、そうそう、今回お主を助けたという、真下ヒデアキ。――彼も、招待しておくとするかの」
くつり、老人が笑みを漏らす。
「これからちと忙しくなるのう」
あんた的には楽しくなるの間違いじゃないか、とは拓也は言わなかったけれど。
――ヒデアキの冒険はこうして、誰も知らない間に始まり、誰も知らない間に終わった。
そう、これは誰も知らない、“物語”の裏舞台のお話。
【 了 】
作品名:伝説の裏舞台! 炎を呼び覚ませ! 作家名:水流祇光