ワルプルギスの夜を越え 3・二人の聖処女
相手の返答から彼女は喪服婦人の侍女である事はわかっていたが、気が付かなかったようにアルマは立ち上がって聞いた
身の丈も同じぐらい?相手のとの間を確認すると、恭しく頭を下げた
「私?私はアーディ婦人が子女イリーネ様に仕える者。イルザと申します。…貴女はアルマね」
ピンと緊張を張った声は刃物のような視線
アルマは自分を知る彼女の言葉に一歩引く、ヨハンナはもっと下がってしまっている
何しろ急に注意を受けた相手の迫力に恐れを成していた
しかし小声でアルマに相手の事は伝えた
これ以上失礼があったり、苦言されるのを恐れたからだ
「この方は亡くなったお嬢様に仕えた侍女です…」そっと耳打ちした。
恐れるヨハンナをうしろにアルマはペコリとお辞儀をする
「初めましてイルザ様、私のような者の名を知っていて下さるなんて驚きました」
「ええアルマ、貴女の事は良く聞いてましたから。でも残念だわ、聞くに貞淑であると知っていたのですが…そんな形じゃ教養のない言葉が出てもしたかがないのかもしれないわね。でも遠慮してちょうだい、それでも口に出すのならもっと右の方*5でいいなさな。悲しみを愚弄するなんて実に失礼だわ」
「そのような事は」
顎を傾げ深いを眉間の皺に見せるイルザに対して、アルマもまた不快を感じていた
それは矢継ぎ早な言葉での叱責に対してではなかった
普段ならばどんな事であれすぐにでも自分の非礼を謝るアルマが感じた不快感は、彼女の右手に光っていた
特殊な名入りの指輪と、爪の文字
イルザは自分の顎下に添えた右手を見せつけるように立っていた
「何?自分だけ特別だと思ってたの?」
イルザが知っていて自分話しかけてる事を恐怖した
「どうして?ですか?」
思わず出たアルマの言葉はヨハンナにはまったく理解の出来ない言葉だった
緊迫する二人の間から一歩も二歩も離れて、アルマとイルザの顔を俯き勝ちな目だけで追うが、二人の間が何を示しているかまでは知りようがなかった
冬を近づける冷えた風が三人の間を静かに走る
氷の視線のイルザは右手を隠すと、薄く笑った顔を見せて
「アルマ、警告してあげる。貴女はもう長くないわ、だから無駄な事をしないで静かに暮らした方がいい。最後時を惨めに終わらないためにも」
抑揚を押さえた少女にしては低いトーンは恐ろしい事を口にしていた
アルマの死を暗に示す声にヨハンナは耐えられない気持ちで飛び出してしまった
「何を言っているのですか、なんという恐ろしい事を…ここをマリア様の聖堂と知っての物言いですか、やめください」
震える声の抵抗を前にしながらもイルザの目はアルマだけを見ていた
「いい私はきちんと言ったわよ。もう何もしない事だけが貴女の余生を楽にしてくれる方法なの、忘れないで」
ひるまぬ声に抵抗の言葉を失っているヨハンナの肩をアルマは支えて
「ええ聞きましたわ、でも私も願ってそうしているので…ご忠告は有りがたく受け取っておきます」
昼越え夕暮れ時を知らせるカリオンが鳴り響く、鐘の音の高城にキュゥべえは尻尾をはためかせて座っていた
赤い眼は三人の少女をただ見つめ続け、遠い東の方への嶺を交互に見ていた
その日の夕刻、教父の元を訪ねたアルマの嘆願は聞き入れられた。
祭りの近づく中で仕度の人手も考慮され、修道院への出発は明日と急な話だったが久しぶりにリーリエに会える事にアルマは素直に喜んでいた
ただヨハンナの心にはイルザの言った事が深く刺さっていた
暗い穴を胸に開けられたような気持ちに食事も進まなかった
翌日軽い身支度をするナナとアルマにヨハンナは言った
「どうしてもすぐに行くの?」
憂いで暗く沈んだ顔にアルマは笑った
「大丈夫よ、すぐに戻ってくるから」
笑顔が現れないヨハンナにナナは力強く
「大丈夫!!私も一緒に行くんだよ。どんな事があってもアルマは無事に返すから!!」
その日はとても良く晴れていた。きっと何も起こらないだろう。いや、起こらないで下さいとヨハンナは祈った。
強く深く祈った日だった
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時代背景と注釈
特にみなくても大丈夫だぜー
*1 家長
家の長、書いて字のごとく
しかしこういうのが必要だった時代
孤児だからバラバラしていればいいというわけではなく、一定の規則を持っているという表明のためにも必要とされた
特に彼女達は孤児ながらも教会の保護下にいるわけなので、節度などを重くみられる
そのため家長を置きしっかりと生活規則を守っている、守らせる責任者がいるとするため
本当は彼女たちの家長は、教会の教父様になるし男の仕事でもあるが
基本的に教会は親無し子の何かしらの責任などとりたくないから便宜上年長の者がなっているという事
*2 髪に薄いストールをかぶり
女性が神に祈るための必需品。最近はどうなのかしらないw
コリントの信徒への第一の手紙11:2〜10の中で
すべての男の頭はキリスト、女の頭は男、そしてキリストの頭は神であるとされている
神の御前で頭の毛を見せたまま祈るのは不敬とされた。得に女は男より劣る生き物とされていた時代なので男に変わって家長をするアルマは髪を隠して家長として祈りを捧げているという事
ただしこの教会がメインで祭っているはマリア様なので…なんともいえないwww
そして母マリアを信心しなさいと息子キリストは一度も言ったことがないのはステキな事実であるwww
*3 ヴァロア朝
お菓子王国の前身(嘘)
ブルボン朝フランスの前の王朝。この王朝のころにフランスは100年戦争を経験し、ジャンヌ=ダ=アーク(ジャンヌ=ダルク)の国家救済を受けている。
100年戦争っていってもひっきりなしにやってたわけじゃない
けっこう所々で一休みしなから、気が向いたら戦争っていう迷惑な時代だった
この頃の聖処女伝承からアルマ達は自身を「魔法少女」とは言わず「聖処女」と称していると理解して欲しい
ていうか…魔法なんて付いたら火炙り一直線になってまう
教会の威光も強く反映されているから、ここでは「魔法少女」=「聖処女」でやっていこうと考えてます
旦那自重してください
*4 聖処女
上で書いたそれ
コの時代だとジャンヌはすでに聖人に列聖されている。この戦争の中、旗をもって戦場に立ち救国に奔走した彼女の伝承に基づきアルマ達はきゅうベエとの契約で得られる力をマリア様の力と解釈している
もちろんQBはさらりとそうではないよ〜〜なんて否定もするのだが、時代的にも孤児である事からも信心がないと生きる場所がない彼女達に思想の選択権なんてない
むしろ自分達で選択の自由を放棄している状態なんだけど…そういう時代だったのさー、女って辛い時代大杉
*5 右の方
ニューキャラ・イルザが言った言葉
右の方というのは難聴になりやすい為、きこえないところで言いなさいという意味
もちろんイルザが仕える婦人は耳が悪いわけではないが、アルマの発言が許せなくて嫌味で言った
むろんエラの前で言ったら問答無用の喧嘩になる。彼女は片耳がないから
作品名:ワルプルギスの夜を越え 3・二人の聖処女 作家名:土屋揚羽