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錠のない鍵

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 2.

 デュエル終了のブザーが鳴った。戦いの余波で大穴が開いたテラスが、何ごともなかったかのように塞がっていく。
 解除されるARビジョンの向こうには、地面に仰向けになって倒れた鉄男がいる。年齢の割に大柄な彼は、つい先ほど凌牙がデッキを賭けたデュエルを吹っ掛けた相手だった。もちろん凌牙も同じ条件を付けて戦ったが、両者のレベルの差を考えると相手方にはかなり荷が重い条件だ。案の定デュエルは凌牙の圧勝で幕を閉じた。凌牙は、必死で起き上がろうとする鉄男につかつかと歩み寄った。このデュエルで得た報酬を受け取るために。
「約束通り、こいつはいただくぜ」
 鉄男のデュエルディスクからデッキを奪い取り、凌牙は敗者の顔を眺めやる。荒い息をついて悔しげに見上げる鉄男の顔が、凌牙にとっては愉快だった。デュエリストが今まで大切にしてきたであろうデッキを無慈悲に奪い去ってやる瞬間が、大層愉快だった。
 さあ次は誰にデュエルを吹っ掛けよう。連れていた取り巻き二人を促して、凌牙はその場を立ち去ろうとした。と、地上の方が何やら騒がしい。
 放課後のエントランスやテラスは、どこもかしこもデュエリストで溢れ返っている。D-ゲイザーを着けようものなら、それ以上の数のモンスターが場所と言う場所を埋めつくしているのを見ることができるだろう。そんな人ごみをまっすぐ突っ切ってこちらにやって来る女子生徒がいた。後ろに同学年の男子生徒を連れて。
「いいってー、いいんだってばー!」
「それじゃいつまで経ってもダメなままでしょ? もう一度武田くんとデュエルしてもらうの。このまま負けっ放しなんて、九十九くんは悔しくないの?」
「ボクは別にいいんだってば、お願いだから放してよぉ!」
 男子生徒……遊馬は、既に半泣きだった。このまま小鳥について行けば確実に嫌な目に遭わされるのが目に見えていたからだ。哀れみを誘う声で小鳥に懇願するも、彼女の手は遊馬の手をがっちり握っていた。相手を振り払う腕力も勇気もない遊馬は、なすがままに小鳥に引きずられていくしかない。
「何だあいつら」
 取り巻きの一人が、彼らのやり取りを指差しせせら笑う。
 小鳥も遊馬も、テラスにいる凌牙たちに気づいていなかった。不幸にも、気づいたのはテラスの階段を上り切った時だった。
「シャーク!」
「――ひっ」
 遊馬の喉から、引きつった悲鳴が漏れた。凌牙たち全員分の視線を浴びて、退却することもできないままその場に立ちすくむ。そんな彼の腰に、凌牙は赤いデッキホルダーを見つけた。
「ふん、お前もデュエルするのか?」
「は、はい……」
 弱々しく答える遊馬の鼻先に、凌牙は鉄男から奪ったデッキをこれ見よがしに突き付ける。
「お前が勝てば、こいつのデッキは返してやってもいいぜ」
「え……?」
「どうだ? オレとデュエルしねえか?」
「そ、それは……」
 ことことと身体を恐怖に震わせ、ぎこちなく笑顔を作って遊馬はどうにか曖昧な返事をしてみせた。だがそれは、返って凌牙の苛立ちを誘う結果になる。
「はいかいいえか、はっきり答えろよ!」
「ひっ!」
 凌牙は感情に任せて遊馬の肩を強くつかんだ。小さく悲鳴を上げ、遊馬は顔を背けて反射的に身構える。次に来るであろう強い衝撃に備えて。
 凌牙の手のひらに感触が伝わる。小刻みな身体の震え。皮膚の下の筋肉の強張り。稚拙ながらもひたすらに取ろうとする防御姿勢。――この時、遊馬は凌牙の存在を拒絶していたのだ。その身体全体で。
「……つまんねえ」
 半ば突き飛ばすように遊馬から手を離し、凌牙は手首を煩わしげに打ち振った。
 もうここにいる理由がない。
「行くぜ」
「あ、はい!」 
 凌牙は鉄男のデッキを片手にその場から足早に歩き去った。凌牙の唐突な行動に、取り巻き二人があたふたとつき従う。
 さっさと背を向けてしまった凌牙には知る由もない。事の次第を鉄男に問い質す小鳥の傍で、遊馬が何か言いたげに口を開いては閉じ、ついにはもどかしげにぎゅっとネクタイの辺りを握り締める様子を。

 未だに感触の残る拳を軽く握り、凌牙は苦々しく笑った。
 あの大会以来、凌牙は表舞台から追いやられてしまっていた。悪評はいつまで経っても彼の後をついて回る。デュエルで不正を働いた人間とまともに向き合ってデュエルしてくれる人間が、果たしてこの世のどこにいるというのか。
 妬ましかった。自分を疎外して、日の当たる場所でデュエルを楽しむデュエリストが。自分には実現することができない夢物語を容易く語る彼らが。
 だから凌牙はデュエリストが何よりも大切にしているデッキを奪った。デッキを奪われるという正当な理由を作ってやれば、デュエリストたちは凌牙とのデュエルに簡単に応じてくれた。そうして好き勝手振る舞い続けて、気づけば校内で最も恐れられる存在になり果ててしまっていた。今しがた会った下級生と同じ目で、誰もが凌牙を見る。好き好んで近づくのは、凌牙の力を当てにする浅ましいコバンザメくらいなものだ。
 それならそれでもいいのだ、と凌牙は思う。別に寂しくなんかない。絆なんて、大切な仲間なんて、所詮はまやかし。コバンザメ共は信用ならないが、凌牙が力を保ち続ける限り裏切ることはない。それを考えれば彼らの方が数倍も上等なのだ。
 凌牙のポケットには奪ったばかりのデッキが詰まっている。取り巻きたちの物欲しそうな視線をあえて無視して、凌牙は心の中でつぶやいた。このデッキをこいつらの餌にするかどうかは後でゆっくり考えよう、と。

 鍵を持たない者に開くべき錠は現れず、関わりを持とうとしなかった者たちの間に情が生まれるはずもなく。
 遊馬は凌牙にそれ以上関わることはなかった。凌牙の方も、一下級生の顔などすぐに忘れてしまうことだろう。


(END)


2012/04/18
作品名:錠のない鍵 作家名:うるら