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真珠色に輝いて

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聞き覚えのあるその声は、休み時間の喧騒を巧みにかい潜って凌牙の元に届いた。
「――……そうなんだよな、どうしよう」
 凌牙が試しに視線を巡らせてみれば、雑踏の向こう側、一階男子トイレの前に声の主の姿があった。遊馬だ。
 彼は深刻な面持ちで、宙に向かって一人で話し込んでいる。何か大変なことでもあったのか。
 ごく自然に遊馬に意識を傾ける自分に気づいて、凌牙は振り切るようにぶんぶんと首を振った。出会ってまだそれほど日は経っていないというのに、彼をどんな状況においても見つけ出すスキルを、自分はいつの間にか身に着けていたらしい。
 凌牙側には遊馬にこれといった用件はない。なので、凌牙は彼に声をかけずにそっとその場を立ち去ろうとしたのだったが。
「シャーク!」
 凌牙は一瞬自分の目と耳を疑った。立ち去ろうと一歩踏み出そうとした足が、そのままの姿勢でぴしりと固まった。あまりの驚きに声も出ない。
 それもそのはずだ。何しろ、遊馬は「一度も振り返ることなく」凌牙を呼び止めたのだから。 
「やっぱりシャークだ! おーい!」
 凌牙の驚愕をよそに、遊馬はいつも通りの無邪気な笑みを浮かべ、やれ嬉しやとばかりに駆け寄って来る。
「シャーク、あのさー……」
 そのままの勢いで凌牙に抱き着こうとする遊馬。我に返った凌牙はそれを慌てて押し留め、声を限りに叫んだ。
「待て! 待て待て待て! 遊馬、てめえの後ろ頭には目ん玉でも付いてんのか!」
 凌牙の絶叫に遊馬はきょとんとした。目をぱちくりさせて訳も分からない様子で自分の後ろ頭を手探っていたが、その内凌牙の訊きたいことを理解してくれたのか、ぽんと手を叩いて答えた。
「あー、アストラルが」
「……デュエリストの幽霊か……」
 いっそ遊馬の後ろ頭に目が付いていた方がましだった。凌牙はふと非現実なことを考えた。
 遊馬がしきりに、ここここ、と両人差し指でアストラルの居場所を示している。姿の見えない相手に目線を合わせ、凌牙はぎろりと睨みつけてやった。凌牙ともう一方を交互に見やって苦笑する遊馬の態度からして、大体この位置で合っているようだ。
「で、お前は何の用だ。オレに言いたいことでもあるんじゃないのか」
「そうだった。あのさー」
 遊馬から満面の笑みが消え、代わりに心細そうな表情が彼の顔を覆った。彼が抱え込んでいるのは余程の悩み事らしい。これは一言たりとも聞き逃してはいけない、と凌牙は固唾を飲んで遊馬の次の発言を待った。
「シャーク」
「ああ……」
「オレ、」
 遊馬はそこで一旦言葉を切り、覚悟を決めたように凌牙を見据えて一息に言い切った。
「――親知らずが生えてきたかも知んない」
「……は?」
 遊馬には悪いが、凌牙の口から飛び出たのは何とも気の抜けた声だった。普段は太陽のようだと人に形容される遊馬なのだ。そんな彼が一体どんな悩みを抱えているのか期待して、いやいや、心配しても罰は当たらないではないか。
「シャーク? オレすっげえ真剣なんだけど」
「ああ、悪ぃ」
 遊馬の話によるとこうだ。何日か前――アストラルの補足によると一週間と二日前――から、奥の歯茎に違和感を感じていたのだという。まるで肉の内側から押し上げられるような感じだった、と自らの頬を撫でて遊馬が語った。
 違和感は昨日の夕飯後に決定的な痛みとむず痒さを伴い出し、遊馬は食後に洗面所の鏡を覗いた。そして見つけてしまったのだ。口の奥で新しい歯が歯茎に空いた穴からちょこんと生えているのを。
 遊馬は恐怖した。彼は以前、クラスメートとの会話を通して知っていたからだ。人間は成長して親知らずが生えることがあるが、それを抜く時が地獄なのだと。
「だって、親知らず抜いたら痛くて痛くて、数日は飯をまともに食えねえんだろ? もし親知らずのこと姉ちゃんや婆ちゃんにバレたら、速攻で歯医者に連れてかれて、あーんなことされたりこーんなことされたり……」
 身振り手振りもオーバーに、遊馬は凌牙に訴えかける。その様子は表情も相まっていささか滑稽であったが、もちろん遊馬は真剣そのものだ。思わず吹き出しそうになるのを口内で噛み砕くのは大変難儀なことだったが、どうにかこらえて凌牙は言った。
「だから怖くて言い出せなかった、と」
「うん」
「見せてみろ」
「え?」
「そいつが本当に親知らずかどうか、オレが調べてやるよ。お前の保護者共にはちくらねえから安心しろ」
 凌牙の求めに応じて、遊馬は素直に口を大きく開けた。
 日当たりのいい明るい廊下でも、人の口の中は暗くて見辛い。なので凌牙は事前の了承なしに遊馬の口の端を指で押し広げてやった。そうして初めて、向かって右側の歯茎の奥の穴に、日の光で真珠色に輝く歯がちんまり覗いているのが確認できた。遊馬が横目であらぬ方向に向かって「そんなに見んなよう」ともごもご不平を言うのは、この際聞かない振りだ。
 凌牙は、歯の数を前歯から件の歯まで順に数えて行った。
「一、二、三、四、五、六、七……違うな」
「ひゃーふ?」
「こいつは親知らずなんかじゃねえ」
「ほーはほ?」
「この歯は大体お前くらいの歳には生えてくるもんなんだよ。大体、親知らずが生えてくんのは大人とか、もうちょっと上の年齢だ。今時は生えねえ奴の方が多いぜ。心配なら一度歯医者に行っとけ。すぐに抜けとは言われねえから」
 凌牙の手がようやく遊馬の口から離された。引き延ばされていた口端を擦りながら、遊馬は凌牙に礼を言う。
「教えてくれてありがと、シャーク。――違うんだって、よかったぁ」
「念のために忠告しとくが、その歯も普通に虫歯になるからな? 歯医者でゴリゴリ削られたくなきゃ、ちゃんと歯は磨くこった」
「……お、おう」
 遊馬は神妙な顔をしてこくりとうなずいた。

 遊馬の歯は粗方生え換わっていた。全体的に頑丈そうな質の歯だった。流石、初デュエルの最中に「デュエル飯」を一気に平らげてみせただけのことはある、と凌牙はあの日のことを懐かしく思い出す。
「お前、今でも歯が生え換わったりしてるのか?」
「ああ、去年上の奥歯が一本抜けたよ。で、抜けた奴は家の床下に投げた」
 遊馬の発言に、彼に取り憑いている幽霊が幾分か興味を示したらしい。そちらの方を振り返り、凌牙には聞こえなかった質問に遊馬が答えている。 
「そういうおまじないなの。次は丈夫な歯が生えてきますようにってな。下の歯が抜けたら屋根の上に投げるんだ」
「どっかの国じゃ、抜けた歯を枕元に置いておくと、寝てる間に妖精が金と交換してくれるそうだぜ」
「うぉー、妖精すっげー、太っ腹ー」
 いいなあ、オレもそういうとこに生まれてればなあ、としきりに羨ましがる遊馬。と、背後の幽霊がもう二言三言質問したようだ。
「え? お前の歯が抜けたら形式に則って投げるべきかって? うーん、抜けるかどうかは分かんねえけどさ、そうなったらオレが投げ方のコツ教えてやるよ」
 凌牙は想像してしまった。半透明の真珠色が、遊馬の家の屋根目掛けて飛んでいく光景を。はしゃいでいつもの決め台詞を大声で叫ぶ遊馬までを思い浮かべてから、我ながら何と言う妄想だ、と凌牙は脳裏の映像を考えもろとも振り払った。
「――用は済んだか? なら、オレはこれで……ん?」
作品名:真珠色に輝いて 作家名:うるら