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FORCE of LOVE

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04 研修医とサッカー選手


 自慢じゃないが俺の人生はおおむね順風満帆だ。確かに悩んでばかりの時期もあったが、それさえ振り返れば良い思い出のように思える。今が幸せだからだ。
 俺には欲目を抜いても素直で明るい妹がいる。友達も良い奴ばかりで、父親は医者で金銭的にも苦労したことがなく、夢中になれるものがあってそこそこ努力は実を結んだし、自分も今や所謂高給取りで、おまけに人生で初めて好きになった人と一緒になった。結婚は出来ないし子供もつくれないし全てが与えられてるわけではないが、少なくとも毎日を笑顔で過ごすには何ら支障はない程度のことだ。それでも構わないと思えるくらいに、今の恋人が好きなのだ。
「なあ豪炎寺、今日宅飲みやろーぜ」
「良いけど俺は9時までには帰る」
「えーなんでだよー!明日休みじゃんか」
「…今日は同居人が四日ぶりに帰ってくるんだ」
「えっ彼女?」
 目を輝かせた同僚達の質問に一瞬迷ったが首は横に振った。恋人かと聞かれたわけではないから嘘じゃない。
「いや、男だ」
「なんだつまんねえの」
「でも豪炎寺がわざわざ他人と一緒に住んでるなんて意外だな」
「そうか?」
 反論しておきながらなんだが、内心では俺だってそう思ってる。人はひょんなことで変われるものだ。吹雪は自分を変えたのは俺だと言うが、俺だって吹雪に変えられた部分は果てしなくあるんだと思う。些細なことも、大きなことも。
「あ、じゃあ今日は豪炎寺ん家で飲もうぜ」
「…は!?」

 インターホンを鳴らすと鍵が解除され、ドアを開けて開口一番、吹雪は快く出迎えてくれた。
「いらっしゃい。初めまして吹雪といいます。豪炎寺がいつもお世話になってます」
「いえそんなこちらこそ」
「お邪魔します…あ、これ土産と酒です」
「ありがとうございます。すみません、大したお構いもできませんがどうぞ」
「いっ、いえいえあの吹雪士郎にお目にかかれるなんてそれだけで…なあ!」
「ほんとほんと」
「あはは」
 このマンションには、俺が大学を出て病院に研修医として勤めることになったとき、吹雪と二人で借りた。2LDKの、吹雪が今まで住んでいたアパートを考えれば大分大きな部屋だ。ここに、二人で暮らしてる。
 同居人が吹雪士郎だと知ったときの反応は期待を裏切らず凄まじかった。今や日本を代表するプロ選手の一人なのだから、当然か。何だか妙に誇らしくてつい家に呼んでしまったが、吹雪は嫌な顔ひとつせず、むしろ快諾してくれた。もしかしたら俺の同僚というものに興味があったのかもしれない。
「あ、それじゃあ僕はお邪魔だろうから部屋に…」
「えっ一緒に飲まないんスか」
「なあ。ぜひ吹雪さんも」
「…良いんですか?」
 ちらりとこちらを見て吹雪が俺の顔色を伺うような目をしたので、小さく頷いてやる。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 俺がつまみを作っている間に、吹雪はすっかり打ち解けていた。

 もう夜中の11時を回っている。酔い潰れた奴等を終電があるだろうと強引に追い返して、俺と吹雪は久しぶりに一緒に風呂に入って同じベッドに横になった。俺の部屋も吹雪の部屋もそれぞれあるが、基本的に俺の部屋は勉強部屋兼書庫であり、吹雪の部屋が共同の寝室みたいなものなのだ。俺一人のときにでも、寝るのはもっぱら吹雪の部屋のダブルベッドででである。
「皆いい人たちだったなぁ」
「そうか…急に連れて来たりして、悪かったな」
「僕は楽しかったよ」
 それが本心であれなかれ、吹雪はずっと笑ってた。他の男に吹雪のプライベートを見られるのは正直あまり嬉しいことじゃない、なんて言ったら心の狭い男になるから俺は口にしないけれど、思うだけはタダだ。肩に頭を乗せてきた吹雪の髪を撫でてやれば、くすぐったそうに笑って擦り寄ってくる。こういうことだけは俺の特権にしておきたい。しておけている。満足だと思わなきゃ罰があたる。
「でもやっぱり豪炎寺くんが一番かっこよかった」
 何故かひどく残念そうに言われて一瞬にして嫉妬が込み上げたので、衝動にまかせて抱きつくと、抵抗するどころか足を絡められたので何となく負けた気になる。
「…浮気か」
「ええ?違うよ、あれじゃ豪炎寺くん病院でさぞかしモテちゃうだろうと思って心配で」
 自分で言うのはなんだが、俺は相当単純ならしい。そんな言葉ひとつでお手軽にもほどがある、かもしれないけれど、俺はこれで幸せだから放っておいてもらいたいものだ。
「ほら、病院なんて可愛い看護婦さんいっぱいいて、しかもその容姿で医者で無口で優しくて、なんて女の人もほっとかないでしょ」
「…そんなのお前の方が」
「分かってないなぁ。僕と遊びたい人はいても、本気になる人なんてそうそういないんだってば」
 豪炎寺くんくらいのもんだよ、と呟きながら落とされたキスは不思議なくらい甘ったるくて不安げだった。
「…俺だけいれば良いだろ」
「いてくれる?ずっと、僕と一緒にいてくれる?」
 たまに気の毒になるくらい吹雪は不安の塊みたいなものなのだ。でもそれが時々たまらなく愛しくい。いてくれるかなんて、俺の方が聞きたいくらいなのに、吹雪は当たり前のように自分は傍にいると主張する。俺なんかを愛してくれてる。
「お前がいなきゃ生きていけない」
 それが本心だ。泣くんじゃないかと思うくらい大きく目を見開いた吹雪を強く抱くと、不意討ちで脇腹をくすぐってやった。吹雪が先程までとは意味のちがう涙を浮かべて大笑いしくすぐり返してきたので、深夜だというのに大の大人が二人でベッドの上を転がり回って騒ぎあった。どうせ泣くなら笑って泣かせてやりたかった。
「く、くるし…ギブギブ」
「は…腹いた…」
 声を上げてこんなに笑ったのはいつぶりだろうか。折角風呂にも入ったのにお互い汗までかいて、替えたばかりのシーツもしわだらけだ。
「あーあ、色々ぐちゃぐちゃ」
「いいだろどうせヤったら同じだし」
「…なんかその言い方オヤジくさいなぁ」
 悪態をつきながら顔を赤くしている吹雪を見たら、オヤジ上等と言いたくなる。うっすら濡れた肌を撫でると、何か言いかけた唇がそのまま押し付けられて、舌は少しだけしょっぱく感じた。