009 英雄譚
009.英雄譚
昔々・・・・・・で始まる物語は、子供なら誰でもあこがれる英雄の物語。強く、麗しく、凛々しく、優しくも儚い騎士に美しい姫。
平和が戻り、無欲な騎士が優美な微笑を残して立ち去るその背中に憧れるのは、どの時代もどの子供であっても凡そ同じであった。
『薔薇の騎士』という古い児童書を枕に、ようやく眠った傍らの少年の安らかな寝顔を確認するまもない。
「ぷっ」
テッドは、堪えていた笑いが吹き零れるのをとめることが出来なかった。
起こしてはまずいと思いながら、這うように少年の寝床からほうほうの体で抜け出し、腹がよじれるかと思いながら、無理やり体を引きずるように少年の部屋を出た。
ゆっくりと扉を閉めながら、そこから動けず、じっと腹を抱えたまま蹲った。
人とかかわらないようにしてきた、これも、その、ツケなんだろうかと思いながら、笑いをかみ殺すことに必死になっていた。
懐かしい顔ぶれ。長らく表に出ることのなかった記憶が次々と想起される。
おそらく、主人公である『薔薇の騎士』とは、貿易で財を成したミドルポートの貴族崩れのボンボンだろうと見当をつける。今でもその家はあるはずだ。確か、シュトルテハイムとか言う名前だった。ならば。
これを書いたのは、その従者だろうと思った。著書の欄には「ミッキー・カーチス」とだけある。
「カーチス」の姓が本当かどうかはわからない。もう、顔も思い出せないが、道化のような衣装に、オーバーリアクションの若い男が「ミッキー」と呼んでいたようだ。
それよりも、これを読んだときのラズリル組の面子が容易に想像できた。
きっと、ミッキーはあの4人+1人に吊るし上げを食らったに違いない。もしかすると、ミドルポートには戻れなかったかもしれない。
そういえば、肝心のあいつはこれを読んだんだろうか。読んだとしても、驚いたように目を丸くして、わずかに笑いながら「いいんじゃないか?」等と歯牙にもかけないに違いない。
非常識なまでに庶民的なオベル王国の王女は、やたらと紺碧の英雄に肩入れしていたから、怒り心頭に達してたんじゃないか。
いくら勘定のみならず感情的にもどんぶりな王様でも、頭が上がらなかっただろう。
最悪、オベル国から、禁書になっていないだろうか。児童書が禁書!? 普通ではありえない。が、それくらい、あの王女はやってのけるだろう。