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001 約束

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001:約束


 ケントは、持ち上げた大きな牛乳缶を、荷台に乗せ終わると、空を仰いだ。
 今日も暑くなりそうな、高く、青い空。
 あの雲の向こうに描いた影を、今日も、夢見た。
 かすかな砂埃を含んだ風が、ケントを促す。
「さーって! やるかな!」
 振り切るように声を上げて、ケント青年は真っ直ぐに前を見据えた。

 村はあのときのまま、穏やかに時が流れた。
 変わることもなく、その必要さえ見えない。
 マチルダ騎士団は、実態はそのままに名を替え、デュナン共和国の正式な騎士団として再編成されたこと。
 ミューズ市が再建され、八割がたもとの姿に戻ったこと。
 ゆるりゆるりと時は流れ、その波にゆったりと乗りながら、小さな村は大観している。
 
 時の悪戯だったのか、それとも、それを運命と呼ぶのか、ハイランド侵攻中の戦渦の中で出会ったフッチという少年は、寂しげな瞳の中に、時に悪戯っぽい光を覗かせる捉えどころの無い少年だった。
 酷く大人びたところがあるのに、話をしてみると、自分より子供っぽかったり。無邪気に笑う顔が一転、暗い影を帯びていたり。
 何がそうさせたのか、二人は、妙に気が合った。
 お互いに、相手に憧れを持ってみたのかもしれない。

 彼らが去った朝。
 不思議と早くに目が覚めた。異様に爽快だったから、階下へ下りてみた。母の背中に「おはよう」と声をかけてみた。
 母がちょっと驚いて、「お早う」と返事が返って来た。
 テーブルの上に食事の用意がされている。
「これ……」
「あんたのご飯はまだよ。もう少し待って頂戴」
「持って行ったらいいの?」
 母の背に声をかけた。ほんの少し。気付かないほどの間。
 細やかに動く手を止めて、真顔のままケントのほうへ歩み寄る。
 テーブルを回り込んで傍らに立つと、ふわりと太陽の匂い。
 小鉢や皿を並べて、
「お客さんはこっち。正面がこうだから・・・・・・」と、食器の並べ方を手際よく教える。
「うん。わかった!」
「ちゃんと、ご挨拶するんだよ!」
「うん!」
作品名:001 約束 作家名:紅絹