001 約束
あれから、世界は変わった。
大きいと思っていた母は、そんなに大きくない事に気付いた。力持ちだと思っていた父は、頑張れば追いつけることを学んだ。
自分より、遥かに大きなモノを見ていた、同い年の少年の視線を、ケントは忘れなかった。
自分にも同じものが見れるかも。という淡い期待も、早々に消えた。
人にはそれぞれに与えられた、身の程がある。
自分の身の丈にあった夢を、ケントは見ようと思うようになった。
父に代わって、ミューズから旧マチルダの都市へ、お客さんを送迎する傍ら、運送業を始めた頃には、好きな子にプロポーズもしてみた。
見事に玉砕したが、そんなことも、時々見上げる空に語って聞かせた。
今頃、この空のどこかを飛んでるかもしれない友達に聞かせるために。
整然と積まれた荷物に、お客さんを乗せて、旧マチルダ方面へと馬首を巡らせる。
村を抜け、荒野を行く道は、戦争終結後、急激にモンスターの数が減った。デュナンの上層部がまず、街道を整備し、流通の道を確保してくれたお陰で、街道沿いは安全に通行できる。
相変わらず埃っぽいが、通いなれた道は、鼻歌でも出そうに晴れていた。
ふと。
風が変わった。真っ直ぐ吹いていた風が、急に方向を変えた。
大きな影が被さるように背後から圧し掛かる。
ケントがたずなを引き寄せて腰を浮かせた。
ふわりと横切る影を見送る。逆光の向こうに、真っ白い影。
幌の中から身を乗り出していたお客さんの一人が、声を上げた。
「竜だ!」
──竜・・・・・・。
「フッチ!!」
騎乗している背中が、ちらりと見えた。
忘れない。あの、竜騎士の証のサークレットがきらりと光った気がした。
ただならぬ大きさの影が、馬車の上で2、3度旋回すると、西のほうへゆっくりと小さくなっていった。
「あんた、あの竜を知ってるのかい?」
客の一人が声をかける。
「・・・・・・友達です。昔。お客さんだった・・・・・・。そっか。約束・・・・・・」
胸元にぶら下げた『竜の鱗』に手を載せる。心なしか、温かい。
──お前も、懐かしいかい? ブラック。フッチが会いにきてくれたよ。竜騎士になって。
以上
07/05/13 15:05:07
07/05/18 0:24:23
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