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アリス振り回される(後編)

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「余計な事に惑わされるな。私だけを見ろ。」

「惑わせているのは貴方でし・・」

ブラッドの唇がアリスの唇に触れて、言葉は途切れた。此方を見る深い緑色の瞳から目が離せない。この唇を離してしまったら本当にゲームは終わってしまう。そう思うと、城の執務室でペーターと交わしたキスを思い出す。アリスは腕を伸ばすとブラッドの首に巻きつけた。そのまま自分の方へ引きつける。一度だけなら、この一度きりなら素直になってもいいかもしれない。それで終わりにしよう。
別れのためのキス。が、そのまま押し倒された。

「んん?」

アリスの意識が逸れる。目を開けるとブラッドの背後に何処かの部屋のような背景が映った。慌てて男を突き飛ばすと、身体を起こし周囲を見回す。どう見ても帽子屋の内装にしか見えない。しかも、多分、間違いなくブラッドの寝室だ。

「どういう事?」

「お嬢さんが私を選んだという事だろう?」

アリスは言葉も無く、ただ握り締めた拳をブラッドの顔めがけて思い切り振り抜いた。かわされた拳は勢い余ってアリスの身体をベッドに倒す。その上から覆い被さってきた男は容赦無く無垢な身体を貪る。




ブラッドは目の前に積み上げたカタログを熱心に見ている。

「ふむ、女性の下着と言うものは中々に奥が深い。」

どうやら新たな境地を発見したらしい。紅茶を語る時と似たような熱心さが伝わってくる。その姿に寒気を感じ、アリスはハートの城に出かけると言って部屋を出る。背中にブラッドが、

「外泊禁止だ。夜になったら迎えをやるから、絶対に一人では出歩くな。」

と声をかけてきた。



「それで逃げてきたのか?」

「もう帰りたくない。」

目の前のビバルディが呆れたような表情になる。
正直、もう二度とベッドを共にしたくないと言うのが本音だ。出来るなら記憶から排除したい。当然、その気になったら外注で宜しくと既に言ってあるのだが、先刻の様子では怪しい。せっかくハーレムがあるのだ、活用しろと内心思う。

「あれの相手がお前一人で務まるとは思わぬが、噂通りだな。」

ビバルディは思わず扇子で口元を隠す。アリスはぼそっと呟いた。

「ペーターと結婚した方が人間らしい生活が送れるかも・・」

「そうか!!やっとその気になったのだな。では結婚しろ! 準備は任せておけ。」

「えーっ!ビバルディ・・・今のは・・」

ビバルディは既に席を立ち何処かに向かっていく。こういう場合どうしたらいいのだろうか。アリスの場合は逃げ出した。本当にこの国の人達は自分勝手な人間ばかりで困る。自分の都合が最優先で、人の都合は頓着しない。


城の領地を出た所でエースに会う。丁度放浪から戻ってきたところらしい。今回は短めの冒険だったようだ。

「やあ、アリス。舞踏会の赤いドレス似合ってたね。改めて冒険に誘うよ。」

「嫌よ。」

「何でだよ。俺となら大丈夫だよ、きっと楽しいと思うぜ? 俺は帽子屋さんほど(ピー音にて自粛中)じゃないから!」

何の話だ? いつも以上に爽やかな笑顔でとんでもない申し出をしてくる友人に混乱する。

「何言ってるのよ、エースの噂も耳に入ってるんだからっ。」

「えーっ、どんな噂? 気になるな。」

エースは全く気にしていない事が丸わかりの軽い返事を返す。にやにやしながら。

「(ピー音)とか、(ピー音にて自粛中)とか、貴方もブラッドのハーレムに(ピー音)で(自粛中)よね?」

とにかく情報として聞いたままを、事の真偽はさておき言ってみる。

「うわ! 女の情報って凄いな。それじゃ、冒険行こうか。アリス、アウトドアって初めてだろ?」

否定しないと言う事は、全部本当と言う事なのだろうか。しかも堪えている様子が全く無い。

「エース! 私達、友達よね? こんなのおかしいわよ!」

それには答えず、エースは爽やかな笑顔でじりじりと迫ってくる。アリスの顔が引き攣る。

「助けて!!」

目の前に、エースを遮るように白い影が滑り込んできた。見慣れた白い上着と、シルクハット。一瞬で緊張が解けた。助かった。無条件でそう思う。今更ながら、それくらいこの男を信頼していると言う事なのだが。先刻、逃げ出してきたばかりの、今一番会いたくない男。自分に害をなす男。なのに、一番安心出来る男。何と両価的感情なのだろう。自分でも呆れる。

「騎士君。私の妻をからかうのも大概にしてくれないか。」

「ははっ・・・帽子屋さん自らお迎えとは、凄いね。」

「エース、酷い。からかってたのね! ブラッド! 妻じゃないから! 結婚して無いし。」

アリスはブラッドの後ろからエースに怒ると、ブラッドの言葉にも訂正を入れることを忘れてはいない。

「そろそろ行った方がいいよ。ペーターさんのお守りはしておくから。」

騎士が城の方角を見ながら言う。

「そのようだ。」

ブラッドはアリスを抱き上げるとエースに背を向ける。

「そうだ、こないだの夜楽しかったよ、帽子屋さん。また、声掛けてよね。」

「ああ、エリオットに言っておく。」

そう言うと歩き出した。どうせ陸でもない事だと判っていたが聞いてみる。

「何の話?」

「お嬢さんは知らなくていい話しだ。」

それ以上は答えてはくれなさそうだった。それよりも、まだ時間帯も変わっていないのに如何して自称夫が迎えに来ているのか気になった。

「ねぇ、今のは助かったけど、何で此処に居るのよ?」

「ふむ、君が居ないと暇なんだ。だから早めに迎えに出た。それにプレゼントを早く見せたくてね。」

どうせカタログの下着でも取り寄せたのに決まっている。ああもうこの男の腕に納まっている場合ではないのだ、逃げ出さないとまた酷い目に遭うのは目に見えている。

「私の内ポケットに入っているから出してごらん。」

意外な言葉に、アリスは恐る恐る手を入れる。それは小さな箱でリボンが付いている。もうどんなに鈍感な女でもこれは指輪だと判る。開けると金の細いピンキーリングが入っていた。

「これって・・」

「右は幸せを呼び込む、左は幸せを逃さないだそうだ。お嬢さんはどちらにつけるのかな?」

アリスは考える。右の幸せを呼び込むでは送り主のブラッドに失礼ではないか?それでは今は幸せではないと言っているようなものだ。流石に失礼か・・。しかし、左の幸せを逃がさないは如何だろう?これでは今が幸せ!と言っていることになり、それでは実情に合わない。これは難しい。指輪をするとは意外に難しいものだ。アリスはすっかり悩んでしまった。あーでもない、こうでもないと考えてくたびれてしまう。

「どうした、まだ決まらないのか?」

呆れ声に、気付けばいつの間にか寝室のベッドに下ろされていた。アリスは慌てて指輪の箱ごとブラッドに押し付けるとベッドを下りようと試みたが、敢え無く失敗に終わる。押し倒されて左手を引っ張られると、小指に指輪をはめられた。指にキスされると、抱き起こされる。

「そこにある中から気に入った物を選ぶと良い。」

そことは?見ればベッドの上には何やら怪しげな下着がたくさんある。やっぱりこれはお約束か。

「こんな下着の機能も無いようなもの、私は要らないから!」