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アリス振り回される(後編)

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無理矢理にズボンを捲り上げると右足の脹脛にかなりの出血がある。出血が酷くて傷自体は良く見えないが、とにかく止血しなければと思う。自分はハンカチ一枚しかない。

「ペーター、貴方、ハンカチ何枚持ってる?」

「3枚位なら・・」

二枚を傷に押し当て、その上から強く縛る。ペーターが痛さに呻く。傷の少し上も念の為に縛った。これが正しい手当てかどうかわからない。ペーターを寝かせて、傷付いた足をアリスの膝の上に置く。とにかく止血だけでもしないと歩いて帰るのは無理だ。城までは結構距離がある。

「どうして私があの時間にあの店に行くってわかったの?」

「帰ると決めたのなら、もう一度確かめに来るんじゃないかと思っただけです。貴女が来るまで待つつもりでした。城から消えた貴女に会うにはそれしか無いと思って。」

「ペーター、貴方、いつからあそこに居たのよ?」

「そうですね、舞踏会の次の時間帯の途中からでしょうか・・」

呆れた。アリスはまだベッドから出る事も出来ずに眠っていた頃から待っていたらしい。仕事は放置してもいいのかと気になったが、答えは聞くまでも無いだろう。

「貴女の為に僕が出来る事はもう何も無いんですね。」

――――― この世界に残ってくれればそれでいい。

幸せになって欲しくてそう望んだだけなのに、それすらも敵わないことにペーターは諦めきれない。

「僕にはもう可能性は無いのでしょうか、アリス。」

「もう決めたの。」

「そうですか。帽子屋に酷い目に遭わされるくらいなら、その方がいいかもしれないですね。貴女を護り切れなかった無力な僕を許してくれますか。」

ペーターは、仰向けのまま両腕を顔の前で交差させて顔を隠している。

「ごめんね、ペーター。」

「何故、アリスが謝るんですか。それより、舞踏会の貴女は一際輝いていましたよ。エスコートして一緒にダンスを踊りたかったです。」

アリスは噴き出した。自分はステップも怪しい。きっとペーターの足を踏みつけてばかりでダンスにもならないだろうと思ったからだ。

「ペーター、私と踊ったら足に大怪我ね。」

「大丈夫ですよ。僕は貴方に足を踏まれるほどリードが下手なわけじゃありませんから。」

いつの間にか上半身を起こして此方を見ている。

「出血・・」

言いかけた時、時間帯が変わった。二人で空を見上げる。それからペーターの止血を確認すると、彼を見ながら聞く。

「城まで歩ける?」

「ええ、もう大丈夫です。手当てしていただいてありがとうございます。」

「ねえ、ブラッドから離そうとしてくれてるのよね。でも、こんな無茶はしないで。私は大丈夫だから。貴方が思っているよりも、きっとずっと強いわよ?」

ペーターは何も言わずにアリスを抱き締めた。自分より小さくてか細い愛しい人が、男である自分より更に一回りも大きい身体の、しかも裏社会を統べる男に狙われているというのに、無力で何も出来ない事に悲しみさえ感じる。せめて元の世界へ戻る瞬間までは、自分の手元に置いて安心して過ごして欲しいと思うのだった。

「アリス、踊っていただけますか?」

アリスは、ペーターにあの紅茶店のことを聞きたかった。あれはいったいどういう場所なのかと。

「その前に聞きたいことが・・・」
「本当に大事なことを決める時には、素直に自分の心の声を聞きなさい。」

「え?」

何かの声を聞いたような気がした。何処かで聞き覚えのある声。左右を見回すアリスにペーターが、声をかける。

「どうかしたんですか? 聞きたいことって何ですか?」

「え?聞きたいこと?」

今度はアリスが不思議そうな顔をする。二人で顔を見合わせて笑ってしまう。
アリスはペーターと、夜の星の下で踊る。ドレスでもホワイトタイでもないけれど。

「本当だ、ペーターの足踏まない!」

「当然ですよ。レディに恥をかかせるわけには行きませんからね。」



ペーターと城に戻り客室で眠った後、執務室で封書の開封を手伝っていた。ペーパーナイフを握っているうちに抗い難い睡魔に襲われたのは覚えている。気付くと薄暗い闇に包まれて浮いていた。
最初はピンホールだった光源が見る間に大きくなる。何故か、これを潜れば元の世界に戻れると直感が示していた。
光に向かって歩き出す。もう後悔はしたくない。
後ろから名前を呼ばれた気がするが振り返らない。全身が光に包まれ、視線の先に懐かしい庭が見えてきた。手を伸ばす。姉さんの待つ庭へ戻る。指先に陽の暖かさを感じた時だった。

「駄目だ!行かせない。」

後ろから抱きつかれ、無理矢理光に背を向けさせられる。何が起こったのか解らず一瞬放心する。

「ブラッド・・」

アリスは呆れる。

「行くな。私の側に居ろ。」

この期に及んで、この男は己の我が儘の為に、人の人生を台無しにしろと言っていることに果たして気付いているのだろうか。

「ブラッド。私、知ってたのよ。常に何十人も女を囲っているわよね。しかも、次から次へと取っ替え引っ換えしてるんでしょう? 今更、私に何の用?」

強く締め付ける腕の力が少し抜けた。アリスの、何の感情も含まない冷たい言葉に、少しは現実を思い知ったのか。余裕の出来た腕の中で身体の向きを変えると、引止めに来た男の顔をじっと見る。
婚約者の役を押し付けられた夜会以降、出かけた先で例のハーレム要員達と出会う度に、嫌がらせのように聞かされた裏の顔。それで無くとも苦手だった相手の要らぬ情報に辟易して、ますます心の距離を取るようになっていった。

「君は何を言ってるんだ。」

「私の事なんて、貴方の女のコレクションの中の一つくらいにしか思っていないんでしょう? 誰がそんな男に自分の人生を賭けると思っているのよ。ほら、放してよ。帰るんだから。」

冷静に言葉が出てくる。余所者で珍しいという理由だけで引き止められては堪ったものではない。
ブラッドは怖いくらい真剣な表情で此方を見つめる。一寸言い過ぎたかもしれない。怒らせると怖い男だと思い出す。視線を外し、男の胸を両手で押す。腕の力が緩みアリスの身体は自由になる。言いたいことは全て言った。この腕にはもう二度と戻ることも無く、自分の現実の世界に帰る。これは自分が決めた道なのだ。この世界に来たことは自分の意志では無かったが、ゲームを終わらせるのか続けるのかは自分で決めなければいけない。

「そのくらい、健康な男なら仕方がないだろう。それに君が他の女のところへは行くなと言うのなら、私は喜んでそうするが?」

全く悪びれる様子も無く、さらっと言ってのけると平然としている。本当に呆れるような酷い男だ。まあ、最初から価値観が違うと言ってしまえばそうなのだが。最後まで、よくある感動的な愛の告白でもなんでもない。だがその方が想いを残す事も無いだろう。

「少しくらい言い訳とかしなさいよ。本当に酷い男よね。」

口元に薄く笑みを浮かべる。最後くらい笑って別れたい。

「本当のことだ。仕方ないだろう。」

「もういいわよ。私には関係の無い事だから。だからもう行くわね。」

ブラッドの背後に見えている光の輪が先刻より小さくなった気がする。アリスは焦った。