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鉄の匣

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鉄の匣


今日此で一体何度目だろう。思わず問いかけたくなる。目の前の華奢な肩ではまた、スクールバッグの持ち手がずり落ちた。山本は半ば呆れ気味に其れを眺めていたが、当の本人は日常茶飯事のことなのか、気にする様子もなくバッグを掛け直しては先程から口にしている缶コーヒーに向かって毒突いている。此はカプチーノって云わねぇ、カプチーノ風……ふ・うっ! って云え。そう不満を口にする獄寺に、日本人が日本人好みに作ってんだから仕方ねぇって、と心の中で哀れな缶コーヒーの弁護をし、苦笑いで我が儘な相方に応えながら、山本は人の多さに少し辟易していた。

流石に土曜日だけあって、街中には人が溢れている。補習が終わり帰宅しようとした所、獄寺に、付き合えと云われ、映画を見に出かけていた。三時過ぎ、二人が帰りの電車を待っている此のプラットフォームにも人がごった返している。あー前の方が空いてっから先頭車両乗ろうぜ。チラリと山本を見、あぁ……おー、と暢気な返事をするのを見留めると、獄寺はすたすた先頭車両が停まる辺りを目指して歩き出す。心なしかウキウキした足取りの後に山本も続いた。早く前に進みたいのか、人のごった返したホームの端を歩く獄寺に、おい獄寺ぁ・・・あんま端っこ歩くと危ねぇよ、と注意したが、獄寺は其れを聞いたのか聞いていないのか、山本の其れには応えず歩き続けている。云って素直聞く奴じゃなかったな。今更なコトを思い出し、山本はまた少し苦笑いを浮かべた。口は悪いわ、煙草は吸うわ、第一印象こそ不良かと思えば、実は良いところのお坊ちゃんだったせいか迷信じみたことを本気にしたり、変に凝り性だったりする。獄寺のそう云うところは、本人には内緒だが何だか可愛いと山本は思う。

うわっ、と云う獄寺の声に山本が視線を上げると、およそ普通の直立歩行では有り得ない角度に獄寺の身体が線路の方へ傾いているのが目に入った。山本はとっさに獄寺の腕を掴もうと手を伸ばす。かしゃんと音を立てて其れは落下してしまった。線路の枕木の側で自らの体液を静かに垂れ流している。自分だけ助かってしまった獄寺は一寸驚いた顔で其れを見ていたが、だからさっきから危ねぇって云ってただろ、と声を掛けられて我に返る。あぁ……わりぃ、と素直に山本に謝り、オッサンが横から出てきてぶつかったんだ、バツが悪そうにそう付け足すと肩からずり落ちた鞄の持ち手を掛け直した。山本は獄寺の代わりに線路に落下してしまった缶コーヒーを見ると、あー勿体なかったなぁ、と然して問題じゃないことを呟いてから獄寺を促す。途中、自販機を通りすぎる時に、獄寺ぁコーヒー買ってやろうか、と山本は尋ねたが、いらねー、と獄寺は少し恥ずかしそうに返事をする。よほど、先程のことが気にしているらしい。獄寺は最初よりもホームの内側を歩いている。そんな獄寺が面白くて可愛らしくて、山本は自販機の脇を通り過ぎる度に、コーヒー買ってやろうか、オレがおごってやるよ、とわざと尋ねてやった。その度に、恥ずかしそうな様子で、いらねーよ、ひつけーなこの野球バカ、と獄寺に暴言を喰らったが、そんなやりとりすらも山本には愛しく思えた。

列車入線の機械的なアナウンスが聞こえた頃、やっと二人は目的の場所にたどり着いた。徐々に速度を落とし列車は二人の元へ近づいてくる。獄寺の云うとおり、先頭車両は他に比べて空いていた。車内に乗り込むと、運良く空席を見つけた山本はすぐに腰を下ろしたが、獄寺は運転席の方を悔しそうに見つめてなかなか坐ろうとしない。おい、早く座れよ。山本が声を掛ける。ちっ、と舌打ちをした後、獄寺はようやく腰を下ろした。やっぱ立ちっぱなし歩きっぱなしは腰にくるなぁ、そう云って山本は鞄の中からミネラルウォーターを取り出すと一口飲む。何ジジィみてぇなこと云ってんだよばーか。獄寺は呆れたように山本を嗤うと、ポケットから取り出したガムを口に放り込んだ。

お前今日何の補習だった? あぁー数学。お前野球ばっかやってるからダメなんだよ。獄寺ぁ今度教えてくれよ、期末コワイ。特上にぎりの夕飯付きならいいぜ。オッケ、これで今学期は安泰だな。車内のあちこちで繰り広げられる会話の渦に、二人の学生らしい会話も融け込んでいく。山本が電車に乗るのは久しぶりだった。普段は部活や家の手伝いをしているし、並盛の商店街には大抵のモノが揃っている。遊ぶのには困らないために電車で出ていく必要が無い。今日わざわざ出かけたのは、獄寺が見たいという映画が特定の映画館でしか上映されないモノで、並盛では観れない為だった。たわいのない会話をしながら流れていく風景を目で追う。陸橋にさしかかり、ガタンガタンという騒音に巻き込まれ会話が自然ととぎれる。後ろ見ようと首を捻った時、其方から差し込む夕日に獄寺の色素の薄い髪がキラリと光るのが見えた。陸橋を渡り終わるまでの間、景色を見るフリをしながら、山本は其のキラキラと光る髪の毛を盗み見る。日本人の血も混じっているというが、獄寺を構成する其れはやはりコーカソイドのものだ。山本は短めに苅られた自分の真っ黒な髪をちょいちょいと指で弄ると、全然違うなぁ、と当たり前のことをしみじみと思った。

そうこうしていると、駅に電車が着きドアが開く。地下鉄に乗り換える人も多い駅のせいか、車内が急に空いた。それを待っていたかのように、表情を嬉々とさせながら、慌てて席を立つと獄寺は,人のいなくなった運転席の後ろの窓に張り付いた。おぉ〜すげぇ。山本も来いよ! やや興奮気味に振り返ると山本を手招く。オレはいいや、と困ったように笑いながら山本は手を振った。興味なさそうに其れを見届けると、獄寺はまたガラスに向き直ると運転席を覗き込む。男なら一度はきっと通る道だ。小さい子どもが良くやるように、獄寺は運転席や、そこから見える風景を眺めている。外国では、日本のように時刻表通りに電車が来ることもないと聞いたことがある。きっと勝手が違うんだろう、それにアイツは育ちが違うから……きっと日本に来て珍しいもんいっぱいあるんだろう。スクールバッグすら放り出して行ってしまった獄寺が可笑しくて、山本はこっそりと笑ってしまう。
作品名:鉄の匣 作家名:Callas_ma