二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ワルプルギスの夜を越え  4・災厄の実と魔女の卵

INDEX|1ページ/5ページ|

次のページ
 
教会の中の空気はすっかり冷えこんでいた
日に日に冬は町の至る所を凍えさせている。外の景色に緑が少なくなり、もの悲しくぼやけた風景が朝の町を覆う
白く張った靄の中に、二重の通りを賑わす市場へ向かう声が聞こえる。
朝が暗い時であっても変わらない声が響くことで市が存在しているという安心感を憶えるが、対照的に静かな教会地区では一人心を震わせているヨハンナがいた
石造りの壁に寄りかかり肩にあたる冷たさに頭をうなだれたままで願っていた

「胸騒ぎが止まらない…マリア様…マリア様、どうか二人が無事でありますように、どうか」

朝の礼拝の時間にヨハンナは一緒する事はできない。
身分低い召使いのような立場の者は、貴族達が祈る時間に入り込む余地はないから
残された時間を使って両翼の回廊を掃除して歩くのが朝一番、一人でする仕事
しかし毎日注意深く働くヨハンナの功績は大きく滅多なことで汚れはない、だから今日は手持ちぶさたになり落ち着かない心に体が振り回されていた
石壁に張り付けば、逸る鼓動で熱を上げている心を冷やすことができるかも…
そんな願いで俯いていた

「どうしたの?」

内回廊から外に続く石畳の前でため息を落としたヨハンナに声を掛けたのはイルザだった
昨日と同じく黒のフードのついたコートにのような長衣を着け、鈍い輝きを見せるシルバークロスを胸飾る姿で近寄った
痩身のイルザだがヨハンナの目には得体の知れない巨大さを感じさせていた
昨日、アルマに死が迫っていると告げたイルザに言葉に「止めて」と叫んでしまった事を思い出せば目を合わせるのは怖い、だが客としてここに来ている彼女に挨拶もしないわけにはいかない
低く目線を落としたまま静かに返事した

「おはようございます。いえ、何でもありません…」
「そう、具合が悪いとしても休める訳ではないものね。ならば見えないところで息をしなさいな。止まっている姿は見られて良いとは思えないわ」

高圧的な言い方だが理に適った注意。
昨日とは違い黒髪を綺麗にフードを納め額を出しているせいもあるが、エラと同じように尖った目を持つイルザの視線がヨハンナを下がらせるが、その一歩にイルザは入ると

「でも本当に具合がわるいのならば、休みなさい。私が代わってあげられるわ」
「大丈夫です、皆様の礼拝が終われば御座の整える奉仕をするのは私の勤めですから」

自分にグイッと近づいた黒衣に、すすけた衣装のヨハンナはさらに半歩下がって小さくお辞儀をすると、足早く隣の部屋に向かおうとした
イルザから香る麝香が体を絡め取る、そんな錯覚を恐れての行動だったが

「待って、お話ししましょう。御座の前で」

表情は相変わらず硬いが目の警戒が緩めてイルザはヨハンナの手をとった
右手に光る指輪と爪の文字を見えていたが、そこには何も触れずに

「旅の糧として少しの時間をちょうだい、お話をさせて」

幾分と棘を落とした声に、断る理由を見つけられないヨハンナは小さく頷いて御座の聖堂に入っていった





巨大円形のグラス・マレライの前、拭き布で祭壇の周りを磨き始めたヨハンナにイルザは前列の木イスに座る
何人かの貴族が片隅で談話を楽しんでいるが、イルザの主である婦人の姿はなかった
おそらく同じように逗留している貴族と朝の時間を楽しんでいるのだろう
共であるイルザを連れずに時を楽しむのはご婦人会が立て込んだ用件がある時か、一種の悪口を大仰に語らうためだろう。
聖堂に残っているのは比較的男衆が多い事からも伺える

「アルマはどうしたの?」
「東の方の修道院に行きました」

姿勢を低くして石畳の汚れを拭うヨハンナはイルザの顔を見ないで答えた
顔は見たくなかった。自分が相手に恐れを持っている事知られないようにするのが精一杯で、手に仕事のままで会話を続ける事にした

「そう、冬の近づくこんな時に山の方にいくなんてね。火急な用向きだったの?」

語りの声に持つ小さな棘を落とせないイルザの口調、アルマの事について問い詰めたいのか?それを感じると、こちらの事情も絡む話しなど出来そうもない。
何より羊小屋に住む自分達の事情など…根掘り葉掘りと聞かれたくもない
貧しい者の生活に首を突っ込んでほしくない、おもしろ半分に…

それでも相手は貴族の子女にお仕えする身の者
イルザの主である婦人はこの町に一月以上逗留できる財力を持っている事からも、イルザの地位は使いとはいえ決して低くない
教会が歓迎すべき客に失礼な態度は取りたくないという心の鬩ぎ。無視してしまいたい気持ちを抑えてここにいる
ぎこちない自分の状態を、表情で気取られるのは嫌だとヨハンナは下を向き黙して働く姿勢のまま、何かを聞き出そうとするイルザに質問を仕返した

「祭りも近いですし人手もいりますから、その、修道院には大切な友達もいまして…あの、なんでそんな事を聞くんですか?」

白い息をお互い口から漏らしながらの間
イルザは足を組、返事を少し保留した。
彼女もまた考えながら会話をしている。

「名前を知った相手でしょ、もっと話しをしたかったの」
「なんで名前を…」

彼女はアルマを知っていたそれは昨日から気になっていた点。
こんな主要街道から外れた小さな城塞都市で、教会の保護を得てやっとで生活している孤児にすぎないアルマを知っている意味は?
それだけでもヨハンナには恐怖だったのに、昨日の発言、口からでる言葉は不吉だった
イルザの方はそれ程に気にしていなかったが、ヨハンナに表れる自分への硬い対応により砕けた態度見せた
イスに座り直しすと、静かな声で

「教会が使役している人の中で年長の者、家長の名前を知っておくのは…礼儀でしょ」
礼として名前を知っていた、悪意がない事を告げるとさらに顔を寄せて

「そんなに避けないで、私だって昔に奥様に拾っていただいた身よ。貴方とかわらないわ」
どうしても壁をもっているヨハンナの気持ちをほぐすように、声の角も落として続けた
「むしろ、貴女の方が元がよさそうな話し方をする。だから余計に気が張ってしまったのかもしれないわ」
尖った細い眼を少しだけ笑わせて見せた。

ヨハンナはのぞき込むようにイルザの顔を見た
「拾って…」
やっと自分を見た相手に向かって頷く

「そう、拾って頂いたのよ。お嬢様の遊び相手として、姉と一緒にね。元は…元は落ちぶれ騎士の娘よ」

今でこそいえる言い方
騎士が落ちぶれるなど、簡単に言いたくない事をさらりと言うと

「貴女と一緒、むしろ私の出生の方が悪いぐらいでしょ」と笑った

ヨハンナは自分勝手に持っていた相手の印象を顧みた。闇雲に靄を張っていた自分の態度を恥ずかしく思った。
勝手にイルザを知ったつもりでいたという事に
きっと貴族同士の間柄で、昔から代々仕えてきた侍女。
だから上からたたき込むような言動で自分を怖がらせて…楽しんでいるぐらい感じていたのが恥ずかしくなり、顔を少し上げた。青い眼はイルザの黒い真面目な目からまだ泳いでしまうが怖ず怖ずと返事した

「あの、ごめんなさい。私、すごく失礼な態度を」