二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

ワルプルギスの夜を越え  4・災厄の実と魔女の卵

INDEX|2ページ/5ページ|

次のページ前のページ
 

「いいの、私の方がね気が張っちゃうのよね…うまく自分を使いこなせてないっていうか、貴族様のお付きである自分っていう態度になってしまうのよね」
黒髪の解れを指に絡ませて、苦笑いを見せて
「さあ、普通にお話しましょ」
解けた蟠り
ヨハンナはそれでも掃除をしながら、会話は柔らかく進んでいった
少しほぐれた心で、会話を楽しむ事にした

仕事の手は休められないが、逐一教父様が自分の行動を見ているわけでもない
メインの聖堂の仕事を済ませたヨハンナは方側の通路からカリオンの尖塔に続く部屋にイルザと移動していた
カリヨンを外壁を磨くために作られた木戸を開けて外に出られる小さな道を行く、貫の入った壁下は黒い石を四角く切り抜き重ね合わせた暗い空間だが、手を伸ばすと壁に突起が作られており、それを頼りに進む事が出来る。
石の下道は清掃の用具をいれたトロッコが通れるようになっているため滑らかな坂道になっているが、人が歩くには少々力を入れる必要がある、何せ人口に作られた洞窟のようものだ、冬が近づいても陽の暖かさで凍った石縁は溶けて滑りやすくなる。二人は注意をしながら前に進む
上を向くともう一面の木戸があり、そこから漏れる光で暗闇から這い出すように前に進む
慣れない足では苦痛を感じるだろうとヨハンナは小さく注意を語りながら前を行くと、外に出る木戸を開けた
急に体に触れる寒気に首筋が引っ込むが、太陽は程よく上がり芯を冷やすほどの寒さは無くなっている

「もう陽が昇ってます…、気持ちいいですよ」

後ろを歩いていたイルザも暗闇の回廊から光りの世界に戻り目を細める

「すごいわ、ホントに気持ちいい場所ね」

朝靄はすっかり晴れ、冬の空気が透明度を高めた景色を見せる小さなテラス
白い息をし、二人は背伸びする

「来るのは大変なんですけどね」
「そうね、でもここに来られて良かったわ」
ここならそう簡単に誰かに見咎められるという事はない、代わりに四方を囲む山の峰と一本の川、針葉樹達の段が見える世界に見つめられる
太陽が照らす雪山の峰が白く輝けば、まるで宝石の輪に囲まれた楽園の景色にも見える

「こんなところまで掃除に来るの?」

隠れ道のような通路は、ヨハンナのような女の子が頻繁に通る道とは思えない
「まさかカリオンや屋根の掃除まで貴女がやってるの?」
「いいえ、まさか」

質問に笑顔と、少しの困惑

「弟がいるんです。弟は今はちょっと具合を悪くして床についたままなんですけど、いずれはこういう仕事をするだろうし…カリオンを近くで見られる場所を知りたがっていたので、職人さん達に聞いておいたんです」

弟のハンスはカリオンの鐘の音を作る仕組みについて強い興味を持っている事を話す
「そう、弟さんは技師になりたいのね。良いことだわ、教会の手伝いをする者が技師の道を選ぶのならば…貴女の行状の良さは教父様にも良く知られている事でしょう。きっと弟さんのために役立つわ」

イルザは日差しを避けるためにフードを被ったが、顔は朗らかになっていた
ヨハンナは気恥ずかしそうに微笑む

「マリア様を祀り*1、街道に市があるにしても…静かな町なのね」

頬を打つ冷たい風を手で分け、白い息を伸ばす
自分はともかくイルザの衣装を汚さないようにと運んで来た袋を広げて二人は腰を下ろした
見渡す町の全景と、外の景色。目を細めたヨハンナは陽気に答える

「静かすぎて寂しい時もありますよ。年越しの祭りが過ぎたら春が来るまで本当に毎日が夜のように静かになってしまう」
「たまにはそういう時期があってもいいわ、北の港町なんていつも騒がしいのよ。見ず知らずの人が一日一回は喧嘩をするし、海が荒れれば船が壊れて大忙し…休まるヒマもないわ」
「そうなんですか…でも、私の昔の家もそんな感じでしたよ。行商人が仕入れ物の換金に来たりした日には、それはもう大きな声で。そういえば北の方から来る行商人は確かに気の荒い方が多かったと憶えています。逆に南から来る人とはどこかおっとりしていて、でもそういう顔でしっかり商売する人が良くいましたね」

屋根の端に少しだけ平らになっているスペースに鳥たちが並ぶ、その隣に並ぶ二人

「昔の家?昔からこの町に住んでいたのではないの?」

やけに詳しい商売の話しにイルザはヨハンナが孤児ではなかったのかと訪ねた
ヨハンナは肩をすくめて一度顔を膝の間に落としたが、大きく息を吸うために背を伸ばして、一重の城壁の向こうを指差した。
古ぼけた倉庫と、市場とは逆側にある商家の並び。

「あのあたりに…2年前まで住んでました」

一変した弾まない声が示す先、通りに並ぶ古い商家の屋根の中、真新しく建てられた家が見える
「あの家があったところが私の家だったんです…」
周りから浮くように真新しい塗り壁を持つ家を寂しそうな目が見つめる
「2年前の秋口に火事になって…お父さんもお母さんも…私と弟を残して…」
詰まる口調にイルザはヨハンナの肩を抱いた

「そう、辛い事だったわね…そうだったの」

元は商家の娘だったヨハンナ
2年前の火事で両親も使用人も焼け死ぬという惨事を味わった
残された弟と自分、寒さの厳しくなる雪の花を恨めししく、いや呪いたい程に苦しんだ
元々、この町に居着ではなかったヨハンナの父は、旅の行商人上がりで一代を持ってこの町に店を構えた人だった。
人柄は豪放にして、町人との付き合いを大切にする良き父だったが…
元々ここに居なかった者というのが残されたヨハンナとハンスを苦しめた
主要街道から外れた小さな町、残された姉弟に手を差し伸べてくれる者はいなかったのだ
寄る親族も、父の故郷も知らない幼い二人はあっという間に全てを失い、路頭に迷った
膝の間に顔の半分を沈めながら淡々と今日ここで教会の奉仕で食いつなぐ身の上になった経緯を話すヨハンナ

それを静かに、肩を抱きながら聞くイルザ

「でも、今は平気ですよ」
湿ってしまいそうな話しを、トンッと切る
「今は羊小屋の仲間達がいて、毎日忙しいけど一人じゃないって…小屋に戻ってみんなでおしゃべりして、もう少しすれば弟もきっと具合も良くなって…」
商家の娘。
本当なら教会の堅苦しさも、貧困層の飢えも無縁だっただろうヨハンナだが、焼け出され落ちてここまでやってきた。
でも同じ年頃の仲間がいてくれる事に励まされて今日も奉仕出来る事に感謝していると笑った

「いいわね、仲間がいるって…うらやましいわ」

静かに話しに聞き入っていたイルザは小さなため息を落としてヨハンナを見ると
「少しだけ…私の話も聞いて」
懇願する目は少し潤んでいた
黒い瞳が思い詰めたような悲しそうな顔にヨハンナは頷く、イルザが落ちぶれ騎士の娘だと言ったのを思えば、きっと同じように辛い事があったのに違いないと思い

「もちろん、私で宜しければ話して下さい」と手を握った
「私の家は…さっきも言ったけど端くれに引っかかってる程度の騎士の家だったわ。騎士なんて聞こえはいいけど傭兵っていった方がいいぐらいのオンボロさ加減の家だったわ。でもまー、それなりに暮らしていけて、父親の悪評を除けば本当に悪くもない生活だった」