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そんなもの、この際いっそ捨てちまえ

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貴方が居なくなってしまったこの世界には、未だ、貴方の様なこの青い大きなカーテンが存在し我々を包み込んでいる。そう云えば。鳥は、空がなくなったらどうなるのだろう。天翔る鳥は古来から、猿の中から幸運にも類い希なる進化を遂げたとされる、人類の憧れであり、その思いは翼持たぬ者をも空へと導く技術をもたらした。鳥は空を飛んでいたからこそ、人々を魅了し夢と希望、そして力を与えた、そう思っている。だから、空が無かったら鳥は何も人々に与えなかったに違いない。体から生える翼は、ただの肉の塊でしかなく、翼を持たぬ地這う動物と同じだ。大空、その偉大な空間があったからこそ鳥は其の真価を最大限に知らしめることが出来たのであり、もし空が、『空』と云う名の大して広くもなく、手が届きそうなほど限られた空間であったなら、きっと鳥の価値なんて大したことないのだろう。

そんなコトをぼんやりと思い、獄寺は煙草を吹かした。彼が生活するこの世界で、この大空に一番近い手軽な場所、屋上という所は酷く殺風景で天晴れなほど何もない。柵と云う、物か或いは人であるかも知れない何かが落下するというメンドウな事が起こらない様にするための無機物と、混凝土(コンクリイト) と云う建物を形成する無機物しか存在しない。此処にある有機物は、『獄寺隼人』と呼ばれるホモ・サピエンスだけだ。

此処はまるで死の世界のようだ……、口から地面に墜落させた煙草を踏み消しながら、獄寺は、以前彼が好きだった場所の一つをそう評価した。中学生だった頃、とても輝いていたこの場所が、此処まで失墜した理由は紛れもなくあるべきモノ、少なくとも彼自身と彼を取り巻く人々にとって、が永遠に喪われた、つまり、沢田綱吉という一人の人間が死んだからだ。『十代目の右腕になる』それが獄寺が綱吉と出会ってからの口癖であり、信念であり、あらゆる動機付けに繋がった。『沢田綱吉』という少年はいつしか獄寺にとってのレエゾンデエトルにまでなりえた。綱吉に出会った事により、獄寺少年の日々は少しずつ、時に急激に変わり始める。死線をくぐり抜けたりもしたが、毎日が輝いていた。綱吉と、彼を中心とする人々の中のキラリとした日々はずっと続いていくものだと思っていた、例え何度となく危機が訪れようとも。

しかしそれがあっけなく喪われてしまう。獄寺の目の前で、彼のレエゾンデエトルは銃弾に倒れた。まるで其れは獄寺自身が殺されたような、ものだった。全てが崩れ去る、一瞬にして。山本に抱えられるようにしてボンゴレに戻ってきたのだと、人に聞いたが誰がどうしたとか、自分がどうだとか、今まで重要項目だったことは、彼にとってはもうどうでも良いことに成り下がった。兎に角、泣いこうが喚こうが『沢田綱吉』其の人は還ってこない。

鳥だ……。自分は鳥なのだと獄寺は思う。大空の彼の人が居ることで自分の価値を見いだした。飛ぶ舞台がないのなら、此の體はただの肉塊。此の儘、此の身が朽ち果てるまで待つ、その長い年月のことを考えると、吐き気を催す。口に手を当て俯いた拍子、視界の端に眼下の地面が映った。獄寺は何かに誘われたように、不意に目の前にある、大して高くもない、柵を跨いだ。下を覗き込めば地面がハッキリとその姿を現し、前を、そして上を向けば空が青色を、視界いっぱいに降り注いでくる。外側から柵に寄りかかる獄寺の頬を乾いた風が撫で、其れと同時に昔此処に、今自分と同じように立ったと云う少年の気持ちを考えた。

きっとあの時アイツもこんな感じだったのだろう。恐らく自分には何もない、するべき事もない空っぽの将来を悲観したのだ、と推測した。しかしその少年は生の境界線を越える事無く、今も着実に鼓動を刻んでいる。何故ならあの綱吉が少年を助けたから、と獄寺は人伝に聞かされた。当時、少年には彼を助けたあの人が居た。しかし、今の自分にはあの人は居ない。……不公平だ、そう一言だけ漏らすと、此の俄雨の如く我が身に降り注いだ不条理劇を、其処に踊らされている自身を、獄寺は嗤った。嗤っている内に彼を息苦しさが襲う。元々喘息を持つ獄寺の気管支は攣縮し、呼気の流れを妨げが、獄寺は嗤うことを止めない。屋上には、息も絶え絶えに、乾ききった彼の嗤い声だけが響き渡った。

何がそんなに可笑しい? 其の嗤い声を頼りに、山本は、無機物と一人の人間の空虚に支配された空間にやってきた。声を掛けられた獄寺はピタリと嗤うのを止めると、目だけしろりと其方に向ける。酷く顔色が悪い。いつも穏やかな笑みを湛えている健康的な肌色が、今は山本の顔に不在なのを確認できた。別に……、とだけ答えると獄寺は視線を元に戻す。そんな様子の獄寺を、山本は黙って見つめていたが自分がここに来た理由を思い出すと、柵の外側にいる不穏な空気を纏う彼に声を掛けた。

今後ついて話し合う。……みんな待ってるから早く来いよ。そう云うと、踵を返し屋上の出入り口のドアノブに手を掛ける。がちゃり、とノブが呻く。其処で突然背後の獄寺から、なぁ……、と声を浴びせられた。山本は室内に入りかけた右足を元に戻すと、声の主に向き直る。だが、……なんだよ、と云い終わるか終わらないかのうちに獄寺によって続きを阻まれてしまう。

なぁ……、どんな気持ちだった? 怖かったか? 哀しかったのか? それとも虚しかったのか? 空が近くて地面が見えて……。どうだった? お前はあの時どんな気持ちだった?

獄寺は、まだ少し息苦しそうな様子で言葉を並べ続けた。山本が怪訝な顔で自分を見つめているのもお構いなしに、更に獄寺は続ける。なぁどうだったんだよ、山本。お前随分昔に此処に斯うやって立ったんだろう? 何を思ったんだ? 答えろよ。

それを聞いて、山本はかつて自分が自殺を試みて中学の屋上に立った少年であった事を思い出す。三度の飯より好きな野球がスランプで、練習して怪我をして……。当時、少年だった彼は幼さ故に易々と全てを悲観した。そうして、今獄寺がそうしているように柵を乗り越え、学舎の淵に立ったのだった。

おい獄寺、お前まさか……。山本は、執拗に当時の気持ちを尋ねる獄寺に、嫌な予感をぶつける。其れを察したのか、獄寺は、ちょっと馬鹿にしたように口の端を引き上げて嗤うと、初めて山本に向き直った。

まさか? ああ、そのまさかじゃねぇか? 十代目が亡くなった。オレには何も無くなっちまった。右腕だなんだ云ってもなぁっ、肝心の胴体がないならどう仕様もねぇんだよっ。

獄寺はそう冷ややかに言い放ち、さらに、もう皆もお前も好きにすればいい、と続ける。また……悪い病気が出た、山本は何処か諦めたように薄く嗤う獄寺を見つめそう思った。いつもそうだった。獄寺は全てを一人で抱え込もうとする癖があり、過多のストレスが掛かり限界に達すると周りが見えなくなる。少年から青年になるにつれて精神的にも強くなり、そう云ったことは殆ど無くなっていっていたが、綱吉の死を目の当たりにして其れが出てしまった。無理もない。獄寺の基盤を綱吉がどれだけ担っていたかを、いつも近くにいた山本は知っている。けれど、そんな事を云っていられる状況でないのも分かっていた。ぎりっ、と唇を噛むと、山本は躊躇することなく『境界線』に佇む人間に向かって言い放つ。