帰郷
「ああ、見てください、ラクシ……花が」
「ん?」
たおやかな指の指し示すほうを覗き込めば、大きな紅色の花が、庭に咲いている。貴婦人の袖飾りのような繊細な花弁が、ふわりと広がり、西日を受けていた。
「綺麗な花だね」
「酔芙蓉(すいふよう)、というのです。あの花は、朝には白い花なのですよ」
「えっ、赤いじゃん」
「時間が経つにつれて、色が濃くなっていくのです。
……この花は、宿の主人に愛されているのですね。手を掛けられて、生き生きとしています」
ティーエは左右で色の違う瞳を細め、淡く微笑む。彼の目には、花だけではなく、その命の輝きもが映っているのだろう。
へぇぇー、と大きく頷きながら、ラクシも目を丸くした。
目の前の花は若いぶどう酒のような色で、どう見ても白い花だとは思えない。ティーエが嘘を吐くわけもないのだが、にわかには信じがたい。
「本当に、朝は白い花なの?」
疑っている訳ではないのだが、どうしても、念を押したくなってしまう。
そんな心境を知ってか知らずか、ティーエは、はい、と生真面目に頷きを返した。
「そうか、そんな花があるなんて、初めて知ったよ。
じゃあ、明日の朝、また見てみよう」
「ええ」
こくりと首を傾けると、さらさらと金茶色の髪がこぼれる。それを白い手で押さえながら、ティーエはほんのりと、見とれるような仕草で、こう言った。
「あの花は、あなたに似ています」
「はぁっ??」
どっと背中を汗が伝い落ちる。何を言っているのか、理解する前に、頭の動きが止まる。
混乱するラクシには気付かず、ティーエはいよいようっとりと微笑んだ。
「はい。オーラの色が、同じです。暖かくて、生命の喜びに溢れている」
「あ、ああ……そっちね」
今度は一気に力が抜けるが、ラクシはどこかほっとした。ティーエが、絵物語の恋人のように、愛の言葉を囁く様子が想像できない。
いや、いっそ似合いすぎて困ってしまう。彼の陶然としたたたずまいと、現世(うつしよ)とは思えぬ美しさでは、直視することなどできないだろう。
つくづく、自分はとんでもない相手と想いあっているのだと思う。
「ラクシ、あなたのオーラは、とても暖かくて、綺麗です。側にいると、安心します」
「……お前、そういう事さらっと言うなよ!」
「でも、本当の事なのです。あなたの側にいると、わたしは……」
深い森のような色と、咲いたばかりの菫のような色。異なる対の瞳が、彼女のオーラをもっとよく見ようと近付く。
その奥にゆらぐ光と、淡い翳りが、ラクシの心をそっと持ち上げて、あるがままに、解き放つような気がする。
だから、自然と二つの唇が重なり合った時も、ラクシには躊躇って身を強張らせる必要がなかった。素直に熱を分かち合い、幸福に酔うことができた。
この、流れる水のような彼の側にいれば、彼女も戸惑わずに済むのだろうか。
あるがままの自分を受け入れ、女であることを許せるだろうか。
そうあればいい。そうなるだろう、とラクシは幸せの内に願った。