へなちょこマ王とじょおうさま 「3、告白」
「それじゃ、そろそろ帰るね。」
「ああ、今日も差し入れありがとうな!」
「(過剰に下心があったんだけど…)いえいえ…」
なかなか口には出せない思いが背中を押してくれた結果、こうして何度か手作りの差し入れを行っていた私だけれど、こうして笑顔でお礼を言われるのは嬉しいと同時に心がチクリとする。
そうは言っても、やっぱり彼の笑顔を見られるのは嬉しいのだ。そしてみんなが笑顔で「美味しい!」とか「ありがとな!」と言ってくれるのも、「やってよかった」と思わせてくれる。やりがいを感じるようになっていた。
「今日は、バイトないんだろ?」
「うん、春休みだからいっぱいシフト入れられるのにね。でも授業がある時はできないことができるから、これはこれで楽しいよ。」
「ほんと、ごめんな、貴重な休みの日を使わせちゃって」
「ううん!本当に、自分が楽しいから来てるだけだし…がんばってるみんなの姿を見るの、嬉しいから」
いくらバイトがなく、学校から家まで半時もかからないとはいえ、母子家庭で家事を行う者が誰もいない我が家を一日中あけているわけにもいかず、私は群れていた部員たちがポツリポツリとひとりの影となって離れて行き、特別に用意した想いのこもった特別製を手にした彼がタッパーの蓋を閉じたところで、片づけて帰ろうとしていた。
それを伝えると、すぐ隣で片付ける私と同じく、自分の練習を放って空になったタッパーの蓋をしてエコバックに仕舞ってくれていた彼がまた眩しい笑顔を見せてくれた。
彼のそんな笑顔を見るたびに、幸福感が胸を占める、恋する乙女な私。
遠くからは野球道具を持って練習を再開しようと準備を始めていた部員たちが同じように「サンキュー!」とか「今日のも美味かった!」とか、「明日は弁当よろしくー!」とか言っている声が響く。
ずうずうしい願いに、隣の彼が苦笑して、「ごめんな、太田…お前が毎日来てくれるから、あいつら調子に乗っちゃってさ!」と空のタッパーを差し出しながら後頭部をかいた。
「ううん、大丈夫。」
そう返しながらも、「渋谷君にならお弁当、作って来るのにな…」と囁くように小声で本音を出してみる。
これは賭けだ。
彼が聞こえないふりでもなんでも、とにかくいい反応をしてくれなければ、望みはない。けれどごまかす、以外であればどんな反応でも返してくれたなら、少しは望みがあると思ってもっと積極的に、攻勢に出られる。
さあ、どちら!?
心の中では意気込んで、表面上は恥じらう乙女で彼を窺うと、彼、渋谷君は下を向いていた。私と同じくらいの身長だから、彼の下を向いた顔の色を窺うには私も体勢を変えなければならない。
小さく膝を折って覗き込む。
「あの、渋谷くん…」春の陽光に照らされて、冷たいはずの風があたたかく感じた。
覗き込んでみて、私は心から驚いた。
私の視線には、愛らしい顔を真っ赤に染めた片思いの彼。
あたたかいと感じた風が、先ほどよりも強く、彼の背中を押すように勢いよく駆けて行く。私の背中を覆うほどに伸びた黒髪が、俯く彼をくすぐった。
「…あ、」
ようやく口を開いた彼に、私の肩が意思とは別の反射でビクリと跳ねる。
思わず姿勢を正してしまった私を、視線を上げた渋谷君が笑って見た。
「あ、のさ?」
「は、はい!」
なんで、思うように動いてくれないのだろうか、私の身体!
意識せずに染まる顔、上がる体温、上ずる声…、もう、本当に嫌になる。そういうことに敏感な男子から、“上京したてのグラドル”とか、あまり仲の良くない同性からも“田舎娘”とあだ名されていることくらい知っている。そんな私でも、彼の前でくらい、「かわいい」と思ってもらえるような反応をしたいのに、叶わない現実…。
そうは思っても、やはり思ったことを実行、特に無意識でやっていることを正すというのは難しいもので…一瞬で変えられるほど私は器用ではなかった。
心でうなだれていると、すべてのタッパーが入ったエコバックを手にした赤い顔した渋谷君が、「校門まで送るよ。」そう言って先に歩き出してしまった。
動揺を隠せず、それでも声に出すことは防いで、私は見た目細い背中を追った。グラウンドを離れた時、後ろから明るい声が聞こえた。
「お、渋谷の奴やっと動く気になったか!」
「まったく、あの2人もじれったかったんですよね」
「…おれ、グラドル太田狙ってたのに…!」
「お前なんかまだましだ!俺なんてまだグラドルじゃない、1年の時から好きだったのに!」
「「まあまあ」」
彼らの声は、きっと幸せの予兆だ。
私は嬉しくなって、速足で進んでしまった彼をかけ足で追いかけた。
校門まで行くと、渋谷君はレンガを積み上げて作られた門を背に、緊張をほぐそうとするかのように、または体に入っていた余分な力を抜くように、大きく伸びをしていた。腕には軽くなったエコバックが、動く腕につられて彼の身体に当たり、カタンッと音を立てる。繋いだこともある左手は、右手と組まれて頭上高く上げられていた。
「んん~!」寝起きのような気の抜けた声が漏れた。
無防備な声と姿に、思わず笑みがこぼれる。
彼も緊張していて、余分な力を抜きたかったのだろうか?
少し時間を置いた方がよかったかな、そう考えて、一瞬出て行かない方がいいかもしれないと思ったが、笑い声で気付かれてしまった。
勢いよく振り返って、エコバックが揺れる。私の姿を認めて、また彼の身体に力が入ったのがわかった。
でも、彼をよく知る彼のチームメイトたちに背中を押してもらった私は立ち止まったりしないし、金一封をもらえるとしってそのチャンスを無下にするほど馬鹿ではない。
今、攻勢に変わらずしていつ変わる?
心がそう言って高鳴った。
「あのね、渋谷君。私、ただボランティア精神で野球部に差し入れしに来てたわけじゃないんだよ?」
風が吹く。
長く、黒い髪の毛を躍らせる風。中学校に入学した途端、大人の真似をしてメイクとかネイルとかし始めた友達とは違い、特にお手入れとかをしているわけでもない私だけど、こんな時くらいはちょっとでも色っぽかったり、かわいらしく見えるといいな。中学入って膨らみ始めた胸も、いつもは肩こるだけだったけど、今こそ力を見せる時よ!だてに中2でDカップ持ってないわ!
願いを込めて、横の髪を意識しながら耳にかけてみる。
目の前に来た渋谷君の頬がピンクに染まったのを見て、ガッツポーズを決めたくなった。けど、せっかく女の子っぽく決めているのだから、我慢、我慢!
「私ね、つい最近、気がついたの…、あのね?」
心を決めた!言葉も、アドリブどんと来い!世の中勢いよ!
そう決めて、私は思いのたけをぶつけるべく、口を開こうとしたけれど、その瞬間に「ちょっと待って!」
意気込んでいただけに、突然のストップコールに戸惑い、口を閉じてしまった。
私の勇気と勢い返せ。決心を返せ。悩んだ時間を返せ。…ちょっと欲張ったかな?
すごんでみても、心の中だから、伝わるはずもない。
もしかして、私の想いは邪魔だったのだろうか?不安に落ちて行く私の心を懸命に隠して、表情はキョトン。目を丸くして渋谷君を見つめた。
「ああ、今日も差し入れありがとうな!」
「(過剰に下心があったんだけど…)いえいえ…」
なかなか口には出せない思いが背中を押してくれた結果、こうして何度か手作りの差し入れを行っていた私だけれど、こうして笑顔でお礼を言われるのは嬉しいと同時に心がチクリとする。
そうは言っても、やっぱり彼の笑顔を見られるのは嬉しいのだ。そしてみんなが笑顔で「美味しい!」とか「ありがとな!」と言ってくれるのも、「やってよかった」と思わせてくれる。やりがいを感じるようになっていた。
「今日は、バイトないんだろ?」
「うん、春休みだからいっぱいシフト入れられるのにね。でも授業がある時はできないことができるから、これはこれで楽しいよ。」
「ほんと、ごめんな、貴重な休みの日を使わせちゃって」
「ううん!本当に、自分が楽しいから来てるだけだし…がんばってるみんなの姿を見るの、嬉しいから」
いくらバイトがなく、学校から家まで半時もかからないとはいえ、母子家庭で家事を行う者が誰もいない我が家を一日中あけているわけにもいかず、私は群れていた部員たちがポツリポツリとひとりの影となって離れて行き、特別に用意した想いのこもった特別製を手にした彼がタッパーの蓋を閉じたところで、片づけて帰ろうとしていた。
それを伝えると、すぐ隣で片付ける私と同じく、自分の練習を放って空になったタッパーの蓋をしてエコバックに仕舞ってくれていた彼がまた眩しい笑顔を見せてくれた。
彼のそんな笑顔を見るたびに、幸福感が胸を占める、恋する乙女な私。
遠くからは野球道具を持って練習を再開しようと準備を始めていた部員たちが同じように「サンキュー!」とか「今日のも美味かった!」とか、「明日は弁当よろしくー!」とか言っている声が響く。
ずうずうしい願いに、隣の彼が苦笑して、「ごめんな、太田…お前が毎日来てくれるから、あいつら調子に乗っちゃってさ!」と空のタッパーを差し出しながら後頭部をかいた。
「ううん、大丈夫。」
そう返しながらも、「渋谷君にならお弁当、作って来るのにな…」と囁くように小声で本音を出してみる。
これは賭けだ。
彼が聞こえないふりでもなんでも、とにかくいい反応をしてくれなければ、望みはない。けれどごまかす、以外であればどんな反応でも返してくれたなら、少しは望みがあると思ってもっと積極的に、攻勢に出られる。
さあ、どちら!?
心の中では意気込んで、表面上は恥じらう乙女で彼を窺うと、彼、渋谷君は下を向いていた。私と同じくらいの身長だから、彼の下を向いた顔の色を窺うには私も体勢を変えなければならない。
小さく膝を折って覗き込む。
「あの、渋谷くん…」春の陽光に照らされて、冷たいはずの風があたたかく感じた。
覗き込んでみて、私は心から驚いた。
私の視線には、愛らしい顔を真っ赤に染めた片思いの彼。
あたたかいと感じた風が、先ほどよりも強く、彼の背中を押すように勢いよく駆けて行く。私の背中を覆うほどに伸びた黒髪が、俯く彼をくすぐった。
「…あ、」
ようやく口を開いた彼に、私の肩が意思とは別の反射でビクリと跳ねる。
思わず姿勢を正してしまった私を、視線を上げた渋谷君が笑って見た。
「あ、のさ?」
「は、はい!」
なんで、思うように動いてくれないのだろうか、私の身体!
意識せずに染まる顔、上がる体温、上ずる声…、もう、本当に嫌になる。そういうことに敏感な男子から、“上京したてのグラドル”とか、あまり仲の良くない同性からも“田舎娘”とあだ名されていることくらい知っている。そんな私でも、彼の前でくらい、「かわいい」と思ってもらえるような反応をしたいのに、叶わない現実…。
そうは思っても、やはり思ったことを実行、特に無意識でやっていることを正すというのは難しいもので…一瞬で変えられるほど私は器用ではなかった。
心でうなだれていると、すべてのタッパーが入ったエコバックを手にした赤い顔した渋谷君が、「校門まで送るよ。」そう言って先に歩き出してしまった。
動揺を隠せず、それでも声に出すことは防いで、私は見た目細い背中を追った。グラウンドを離れた時、後ろから明るい声が聞こえた。
「お、渋谷の奴やっと動く気になったか!」
「まったく、あの2人もじれったかったんですよね」
「…おれ、グラドル太田狙ってたのに…!」
「お前なんかまだましだ!俺なんてまだグラドルじゃない、1年の時から好きだったのに!」
「「まあまあ」」
彼らの声は、きっと幸せの予兆だ。
私は嬉しくなって、速足で進んでしまった彼をかけ足で追いかけた。
校門まで行くと、渋谷君はレンガを積み上げて作られた門を背に、緊張をほぐそうとするかのように、または体に入っていた余分な力を抜くように、大きく伸びをしていた。腕には軽くなったエコバックが、動く腕につられて彼の身体に当たり、カタンッと音を立てる。繋いだこともある左手は、右手と組まれて頭上高く上げられていた。
「んん~!」寝起きのような気の抜けた声が漏れた。
無防備な声と姿に、思わず笑みがこぼれる。
彼も緊張していて、余分な力を抜きたかったのだろうか?
少し時間を置いた方がよかったかな、そう考えて、一瞬出て行かない方がいいかもしれないと思ったが、笑い声で気付かれてしまった。
勢いよく振り返って、エコバックが揺れる。私の姿を認めて、また彼の身体に力が入ったのがわかった。
でも、彼をよく知る彼のチームメイトたちに背中を押してもらった私は立ち止まったりしないし、金一封をもらえるとしってそのチャンスを無下にするほど馬鹿ではない。
今、攻勢に変わらずしていつ変わる?
心がそう言って高鳴った。
「あのね、渋谷君。私、ただボランティア精神で野球部に差し入れしに来てたわけじゃないんだよ?」
風が吹く。
長く、黒い髪の毛を躍らせる風。中学校に入学した途端、大人の真似をしてメイクとかネイルとかし始めた友達とは違い、特にお手入れとかをしているわけでもない私だけど、こんな時くらいはちょっとでも色っぽかったり、かわいらしく見えるといいな。中学入って膨らみ始めた胸も、いつもは肩こるだけだったけど、今こそ力を見せる時よ!だてに中2でDカップ持ってないわ!
願いを込めて、横の髪を意識しながら耳にかけてみる。
目の前に来た渋谷君の頬がピンクに染まったのを見て、ガッツポーズを決めたくなった。けど、せっかく女の子っぽく決めているのだから、我慢、我慢!
「私ね、つい最近、気がついたの…、あのね?」
心を決めた!言葉も、アドリブどんと来い!世の中勢いよ!
そう決めて、私は思いのたけをぶつけるべく、口を開こうとしたけれど、その瞬間に「ちょっと待って!」
意気込んでいただけに、突然のストップコールに戸惑い、口を閉じてしまった。
私の勇気と勢い返せ。決心を返せ。悩んだ時間を返せ。…ちょっと欲張ったかな?
すごんでみても、心の中だから、伝わるはずもない。
もしかして、私の想いは邪魔だったのだろうか?不安に落ちて行く私の心を懸命に隠して、表情はキョトン。目を丸くして渋谷君を見つめた。
作品名:へなちょこマ王とじょおうさま 「3、告白」 作家名:くりりん