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へなちょこマ王とじょおうさま 「5、別離」

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「ねえ、あなた、名前はなんていうの?」
「…名前…」
「そう。お母さんとお父さん、もしかしたらおじいちゃんにおばあちゃんからもらった素敵な名前。」
「…?」
「名前って言うのはね?生まれて来た子供が自分を愛してくれる大人たちから最初にもらうプレゼントなのよ!」
「…ぷれぜんと?」
「贈り物!」
「…最初、はじめての贈り物…」
「そうよ!」

 私は今、迷子のご令嬢と手をつないで人気のない道を歩いている。
 いつもは車や買い物中の主婦や遊びに行く子供たちなどを見る道だが、今日は不思議と、不気味なくらい誰もいない。まるで、私たちだけしか存在しない世界にいるような錯覚をおこさせる。
 異空間のようになってしまった道路を歩く恐怖から逃れようと、私はいまだ聞いていなかった名前をはじめとする彼女の情報を尋ねることにした。
 そうしなければ、お家に送り届けることなどできない。
 …今、どこへ向かって歩いているのかと尋ねたくなるだろうが、現在は最寄駅へ向かっている最中だ。あそこはこの辺りでも大きな建物がたくさんあり、目印となるものが多くあるので、そこまでいけば彼女も帰り道が分かるかもしれないと思ったのだ。
 私だって、考えるべきことはちゃんと考えているんだよ。
 でも、考えていないようできちんと考えている私の問いに、少女は答えてくれない。感慨深げにぽつりと呟いたきり、彼女は黙りこんでしまった。
 私、子供の相手が下手なのかしら?
 もとから自信があったわけではないけれど、やっぱりこうして明確に形とされるとくじけそうになる。塾の講師とか、子供に対するバイトは止めた方がいいかもね。
「あ、」
「ん?なに?」
 まあ、大きな駅と大勢の人で賑わうお店を見れば安心するでしょう。どんな動物も、同じ形を持つものの群れをみれば安心するものだもの。
 そう結論を出したところで、名前も教えてくれなかった少女が声を上げた。何か思い出したのかな?体勢を低くして顔を覗き込むと、彼女は繋がっていない方の掌を口に当てて、いかにも「やっちゃった!」という顔をしていた。つぶらな瞳が目一杯開かれている。目だけに…。

「何か思い出した?」
 優しく効くと、少女は申し訳なさそうに私を見上げた。
 この様子だと、お家の場所か、お付きの爺やとの約束でも思い出したのかしら?それでここまで付き合わせてしまった見ず知らずの、通りすがりの女子中学生に、申し訳なく思っているのね。
 いいえ、いいのよ。お礼なんて、そんな!私は純粋な善意でここまで来たの。お礼を期待していたわけではないわ。だからいいですって!小さな女の子を放っておけなくて付き合ったんだもの、金一封入ってますって感じのお礼なんていりません!…え、その大きなホールケーキをお礼に?……それなら、食べ物だし、いらないって言うならもらっても…。

「…あの…?」
「えっ?」
 繋いでいない方の手を、いつか入るだろう甘い高級品の味を感じるように頬に当てて、それでも形ばかりに拒否する如く首をブンブン音がするくらい振りながら、私は器用に歩いていた。片方の手はしっかり少女とつながっているけれど、少し汗ばんでいた。ごめんね!
 突然不審な動きをし始めた私に戸惑ったのだろう。
 少女は不安げに私を見上げ、そして目が合うと安心したように息を吐いて、にこりと愛らしい笑みを見せてくれた。つい、抱きしめたくなってしまう笑みに、私も自然と微笑む。こんな可愛くて癒し系の子がいるお屋敷は、さぞかしふんわりした空気が充満しているんだろうな。
「なあに?」
 自然と、かける言葉や声音も優しく、穏やかなものになる。
「ごめんなさい。」
 数秒、そんなに長い時間ではなかったが、少しだけ黙った少女は、私をまっすぐに見つめてそう言った。
 眉根を寄せて、苦しそうな、けれど隠せない安堵感で、無意識にも口角が上がってしまっている、そんな不自然というか、矛盾を詰め込んだ表情を浮かべていた。
「でも、お願いします…。」
 突然のことで、咄嗟に何も返せない情けない私の前に、少女は膝を折って、さらに手を付いた。いわゆる土下座。
 止めようにも、動かない私の身体。
「どうか、…巧をお救いください」
 止まって微動だにしない(できない)私にはお構いなしに、少女は私のつま先に額をくっつけ、彼女の小さな体躯には似つかわしくない、硬い言葉を、愛らしい小さな口から発した。

「天命を持って主上にお迎えいたします。これより後、御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申し上げます。」

 次々と、休まずに紡がれる言葉の数々。
 言い切ったと見えて、黙った彼女は、次いで私を見上げた。その目には嬉しさからか、戸惑いか、それとも動かない私を責めているのか、潤んで瞳は揺れていた。
「どうぞ、許すと…」
「…え、…ゆるす?」
「“許す”とおっしゃってください。」
 彼女の薄紫の、アメジストの瞳から目が逸らせない。何かの力に縛られているように、私の視線を一点に定めている。
 強い、この場を支配してしまっている彼女の言葉を繰り返し、薄い、小さな意思しかこもらないただの単語を、私は口にした。
「…“許す”」
 ただの一単語でしかなかったこの言葉は、私の運命と一国の主を決めた。
 私の戸惑いがたくさん詰まった声で鳴った言葉を聞いて、少女はとても、これまでの短い時間でよく笑う子だったが、それでも見たことがないほどの嬉しそうな、まさしく花咲くような笑顔を浮かべて私を見上げる。
 かと思ったら、再び頭を下げて、私のスニーカーに包まれたつま先に額を付けた。
 瞬間、体を何かが通り抜けた、まるで氷を持った手で背中を撫でられたかのような冷たいなにかが私の背筋を駆けた。
 気持ち悪くて身震いしたが、その感触は一瞬で消え去り、立ちあがった少女はキラキラ輝く愛らしい顔で私を見上げ、今度は手を引いて歩きだす。
 どこへ行くのだろうかと不思議に思ったが、家を思い出したのだろう。そして、お礼と言ってしまうと私が遠慮して逃げてしまうと懸念したのかもしれない。それでなにも告げずに家へ連れて行こうとしているのだろうか。
 予測を立ててみるが、彼女は人通りのない道路を逸れ、これまた人気の全くない公園の、入ってすぐにある公衆トイレの裏へとやって来た。
 こんなところでお礼?
 え、お礼はお礼でも、お礼参り?あの鉄パイプ持って「おらぁ~!」って窓を割ったりする、…あれ?
「欅隗(キョカイ)」
 地面に向かって声をかけると、彼女の影が揺れて、色が一等濃くなった。空気を揺らす音とともにそこから白い大きな、オオカミのような獣が出てくる。
 獣は私と彼女を前にして四肢を折り、地に伏せた。
「さ、主上、お乗りください。」
 笑顔でそう言った彼女。少し前なら、私は彼女の笑みに心和ませていたことだろう。
しかしもう、お礼とか言っている場合ではないようだ。なんだかとても、ここにいてはいけないような気もするし、私には彼女たちと同じ場所にしか居場所がないのだと感じさせる空気を感じ取ってしまったような、私は今、究極の二択を迫られているのではないか?