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へなちょこマ王とじょおうさま 「5、別離」

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 呪術的なものを気味悪がり、異なるものを徹底的に排除し、己と同じもののみに存在することを許している現代日本である。住む人々は機械のようにやるべきことをこなし、それが終われば道を逸れることなく早々に家路を急いだ。
「ただいま!ごめんね、桜。お仕事が押しちゃって…」
 埼玉県の、都心から離れた場所に建つ木造二階建てのアパートでも、一般的な帰宅を告げる言葉を室内にいるだろう娘に投げる母親の姿があった。
 部屋は電灯をつけず、室内は薄暗かったが、外の街灯の恩恵にあやかり漆黒の闇とまではいかずにすんでいた。これほどの夜は、少しばかり行きすぎた倹約家の娘は自分が帰るまで電灯をつけないで待つのが普通だった。
だから、家が暗くても不思議ではなかったけれど、それでも投げかけた言葉に返事が帰って来ないことが不思議だった。いつもなら寝息が聞こえるか、「おかえりなさい!お腹空いちゃった~」と返って来るかするものだ。こんなに雨の音しか響かない空間であるはずがないのである。
濡れた豊かな黒髪から水滴が汗のように頬を撫でる。
「…桜?」
 脳裏に嫌な映像が流れ、最愛の夫を亡くした瞬間を思い出した。
 あのときには腕の中に娘のぬくもりがあったから、それだけを支えに生きてこられたのだ。それはとても苦しく、つらい道のりであったが、娘と言う、母親である自分にしか頼ることのできない弱い存在があったればこそ、歯を食いしばって痛む身体を動かせた。
 確かな存在が、今はない。
「桜!」
 叫び呼んでも、返事はない。
 手で慣れ親しんだ壁を探り、電灯のスイッチを探し、押す。
 チカチカと瞬きをしてから、文明の利器が部屋を明るく照らし出した。
 4メートルほどの一本道を進み、ひとつしかない部屋を見回す。
「桜!?」
 泣きそうな声だ、自分でそう思ったのだから、娘に聞かれたら心配させるだろう。
 あの子は、心を許した相手に対しては他人の痛みを自分の痛みとして感じることのできる、とても優しい子だから…。
「桜、どこにいるの?ふざけてないで、返事くらいしなさい!」
 自分の言葉なのに、笑ってしまう。
 優しい、自慢の子はこんな人を不安にさせる遊びをしたことはない。これからもそれは同じだろう。
 理解しているのに、現状を理解しようとする理性が感情に負けてしまい、理想にすがりついて声を震わせる。
「…桜、お願いだから、出て来て…」
 あの子はもう、この家にはかえってこないのだ。
 自分の家族は、どこにも存在しないのだ。

「…さくら」
 自分の物とは思えないほど、震え、かすれた声だった。