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へなちょこマ王とじょおうさま 「6、初陣」

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「…ねえ、塙麟…」
「はい、主上。」
 一頭の、獣(残念ながら龍ではない)の背に乗って、飛翔する。抱え込むように身体越しに獣の背中の毛をつかんでバランスを取る私が前に座って私の手に小さな手を重ねて、私の胸に体重を(仙骨というらしく、羽のように軽いけど)かけてくる少女に話しかければ、彼女、塙麟(私の半身だと聞いた)はとても嬉しそうに、それこそ今生の喜びというかのような笑顔で振り返った。
 ああ、美少女は笑顔が光を放っているよね、比喩とかじゃなくて本当に。
「…これから、蓬山へ行くんだよね…。それで、天勅を受ける…。」
 盟約を済ませた後と虚海を渡りながら教わったことを確かめただけなのに、塙麟はとても嬉しそうに、とても誇らしげに自慢の生徒を見る先生のような目をした。10歳(蓬莱から蓬山まで王気が鮮明にわかるほど、私の王気は強いらしく、王を選べるようになってすぐに此方へ来たそうだ…正直もう少し時間を置いてほしかった…)だといっていたけれど、塙麟あなた、ほんとはいくつですか?
何と言っていいのか、あなたが放つ空気は若々しい10歳の少女が出す物ではないと思います。それとも最近の、というか異世界の子供はみんなこんな感じなのだろうか?
「さようでございます。天勅をお受けになるのは吉日を待ってのこととなるでしょうが、蓬山から国へ参ります。」
 王にとっては、天勅を受けるなんて一生に一度の出来事だけれど、麒麟にとってもそう多く訪れることでもないのだ。
 それに、二度目の天勅は最初の王を見送ったあとのことだから、想いは複雑だろう。
 けれど今この時、生まれ育った場所だという蓬山を目指す彼女は、とても楽しそうで、嬉しそうだった。
 初めてやることって、無駄にワクワクするよね。
 
 私は、虚海を越えて地球と日本に別れを告げ、此方で生きて行くことを誓った。いつまでもグジグジと悩んでいても仕方がないのだ。それに大好きだった彼ならば、「後悔なんて、やれることを探してやってみてからでもいいんじゃないか?」大好きだった太陽みたいな笑顔で、そう言ってくれると思ったから。
 だからといって、家族や大切な人たちのことを忘れてしまったわけではない。彼らの存在を支えとして、彼ら、特に母へ尽くせなかった想いを、此方の巧国、私の民に向けようと思ったのだ。
 私は母に楽をさせてあげたかった。
 その想いが、巧国復興への気力となると思ったのだ。
 正直、母を楽にさせてあげたいのと巧国の民に豊かな国をあげたい。このふたつの想いは似ているものであるはずだから。

 そう思ったからこそ、私にはまず初めにしておかなければならないことがある。
「塙麟、まず、巧を見ておきたい。」
「え…?」
 驚いた顔も可愛いな。けれど、これは変えられない。
 慈悲の生き物だという麒麟に、王を失い、妖魔が溢れ、血に濡れた大地となり、人身も国自体も荒れ果てているであろう今の巧を見せるのは精神的にも肉体的にもつらいことかもしれない。
 けれど私たちはその国を自国とし、いつ終わるかわからない時を生きて行かねばならないのだ。逃げることはできようはずもないし、見たくないからと言って目を逸らしていて、果たして名君となれるだろうか。荒れた姿を知らずにどうやって豊かにしようというのだ。
 私は私自身の考えを、想いを、素直に半身に伝えた。
「…わかりました、主上のおっしゃる通りに致しましょう。」
「ありがとう、塙麟。つらくなったら言ってね、私は血の匂いとかには鈍い性質のようだから気付いてあげられないかもしれない」
「…はい。」
 一瞬心配そうに、あるいはつらそうに下を向いたが、重なった手を見て口元だけで笑むと、塙麟は使令である白いオオカミ(種族は聞いてもわかんないし、あんまり興味もないので覚えていない)欅隗に「巧へ向かうように」と指示を出した。
 欅隗の見た目が原因か、それとも塙麟の幼さなのか、ふたりの様子はまるで初めて飼ったペットの犬に芸を仕込んだ後、その芸を初披露しようとしている飼い主の女の子とちょっと精神年齢が上のワンちゃんの場面に見える。飼い主の女の子はお姉さんぶって一生懸命やるんだけど、実際は精神年齢が高めのワンちゃんが「仕方がないな…」って感じで芸をするっていう。
 いや、私は家が余裕なかったからペットなんて飼ったことないから想像だけど…。

 雑談と言う名の巧国抗議を行いながらしばらく飛んでいると、欅隗の背中に力が入って強張った。
何かあったのか?
 そう思っていると、どこからともなく女性の声が。
「台輔、妖魔がおります。」
 あら大変。
 塙麟と一緒に驚き、ビクリと震えた。
 私の手に武器はない。塙麟は麒麟としての性から、武器は持てないことになっている。さてと、どうしたものかしら。
「尹灑。」
 塙麟が女怪を呼ぶと、彼女は何か細長いものを大切そうに抱えて出て来た。宙を駆ける欅隗に並んで、それを私に差し出す。
 見れば美しい装飾を施された剣だった。宝剣、だろうか?
「…これは?」
 受け取りながら尋ねると、尹灑が答える。塙麟は周りを警戒するように、気配を探っているようで、遠くを鋭い目で眺めていた。
「それは、巧国の宝重です。」
 やっぱり。
「主上、前方に妖魔の群れがおります。」
「避けられないのか?」
「すでにこちらの気配に気づいている模様です。」
 あーあ。
「…でも、剣があっても使う技術がない。」
 悔しくて、どうにかしたくて、唇を噛んだ。
 鋭く前を睨んでいた塙麟が、振り返る。愛らしいその顔を久しぶりに見た気になった。
「それでは、賓満の截忤をお付けいたしましょう。…截忤?」
「御意。」
 抱きしめている塙麟から、スライムみたいなものが出て来た。それは塙麟の頭上で揺らめくと、顔を出して赤い瞳で私を上から見下ろした。
 そして覗き込むように垂れ…下がって来ると、キス!?と目を硬くつぶり身体を強張らせている内にするすると頭から私の中に入って行った。「賓満入りましたー!」瞳孔が赤く輝く。
「截忤が主上をお助けいたします。ですが、もしもの際は決して目を閉じないでくださいまし。截忤がある場所は主上のお身体の中、主上が視界を塞いでしまえば、同じ体を共有している截忤も同じように視界を塞がれてしまいます。」
「うん。」
 私の意識としてはそのままジッとしていると、面白いように体が勝手に動いて剣を抜こうとした。
 けれど、大切なことに気がついて待ったをかける。不思議そうに截忤が体の内側でうごめいたのがなんとなくくすぐったかった。
「どうかいたしましたか、主上?」
 截忤が話しかけてくるけれど、主として仰いでいるんだから、わからないかな?
「塙麟。」
 使令の声を流して、私は半身に声をかける。このままでは、体勢もそうだけれど、とにかく戦えないことに気付いてくれ。
「麒麟は転変できるんだよね?」
「はい。」
「なら、転変して尹灑と他の使令たちと一緒に遠くへ行っていてくれないかな?このままでは戦えないよ。」
 苦笑いを浮かべながら言ってみると、塙麟は恥ずかしそうに頬を染めて、けれど嬉しそうにはにかんでから横に体を倒して欅隗を飛び降りた。すぐに転変して、美しい麒麟を見せてくれる。