へなちょこマ王とじょおうさま 「6、初陣」
私に生き物の気配を探ることはまだできないけれど、嫌な、怖い感じが前方に迫っているような気がする。急がなければ。
「それでは、少し先でお待ちいたします。」
獣から愛らしい塙麟の声が聞こえるというのも、なんだか不思議な感じがするものだ。
「うん、塙麟たちも気を付けてね。…私のわがままで危険に飛び込ませてしまって、ごめん。」
「いいえ、即位する前に国を見て置かれたいとなさるそのお気持、わたしは感動いたしました。」
嬉しそうに微笑むから、私も苦笑して返した。
「無事で、ね。」
「もちろんでございます。主上もご無事で」
「うん。」
会話が終わると、塙麟は女怪を影に入れてから走り出した。
そうか、麒麟はこの世で最も速い脚を持っているから、女怪も追いつけないのか。
「主上、参りました!」
「……」
「…主上?」
欅隗がいぶかしげな声を上げるが、私は失敗したかもしれないと考えていた。
「ねえ、欅隗。」
「はい」
「塙麟って、使令どれくらいいるの?」
「…、」
しばらく考えて。
「10はあるかと…」
それがどうしたのかと続けるから、私が考えていたことを放した。
「それならさ、あの妖魔と同じ種もいる、かな?」
「……」
同じ結論に達したのだろうか。
長い沈黙の後で、欅隗は言った。とてつもなく口を開く決意が必要なことだったようだ。
「………おります。」
「うん、間でなんとなくそうなんだろうな、って思っていた。」
「…」
「いいよ、気付かなかった私にも落ち度はある。今は、塙麟のもとに無傷で辿り着くことを考えよう!」
「はっ!」
それから、私と欅隗は無心で妖魔たちの相手をした。
ものの数分で、黒い群れをなしていた妖魔たちは地に落ちて行ってしまった。
あの妖魔も、もしかしたらただ散歩に来ただけだったのかもしれないのにいきなり切り捨てられてしまって、可哀想な事をしたとも思う。この世界では命は木に生るというけれど、妖魔でもそうなのだろうか?わからないけど、もしかしたら地に伏す妖魔たちにも育てている命があったかもしれない。それなのにもかかわらず、突然現れた私に切られ、尊い命を散らせてしまった。
生きるか死ぬかの選択だったのだ、後悔していていい問題ではない。私は、塙麟に言わせるとこの巧国に必要な存在なのだ。
でも、あの妖魔たちだって、また別の何か、誰かにとっては必要な存在だったかもしれないじゃないか。
命の価値に、高低差はないのだから。
「ありがとう、欅隗。截忤。」
複雑な思いを抱きながら、私はそれでも私を助けるために牙をむいてくれた塙麟の使令たちに笑顔を向けた。
「我らの使命は主上をお守りすること、例には及びません。」
「それよりも、台輔のもとへ急がねば。」
そうだ。
すべての命に優しく、あたたかな手で抱いてやれないならば、手の届く範囲にいる存在だけにでも、優しい存在でいよう。
新しく決めた心には気付くことなく、促して来る使令たち。
私たちの達した結論に、まだ塙麟が気付いていなければいいのだけれど…。
そう思いながら、一致団結した私たちは先を急いだ。
「使令は、同じ種族の妖魔を従えることができるのです。」
知識を披露することがとても楽しいのか、塙麟は弾んだ声で、確かにそう言っていた。
作品名:へなちょこマ王とじょおうさま 「6、初陣」 作家名:くりりん