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へなちょこマ王とじょおうさま 「9、王としてできること」

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 伏せ、サッと手で隠された目には、あたたかな雫が落ちていることだろう。
「…台輔には?」
 小さく嗚咽を漏らしながらすすり泣く夫に、アシュラム殿が静かな声をかける。
 鼻をすすり、喉を上下させながら目が赤くなった顔を上げた夫は、「準備は整っております。」と言って、美しく磨かれた床を先に立って歩き始めた。

「台輔はいかがでした?」
 私が一歩先を進む夫に問いかけると、彼は静かな声をかすかに弾ませて答える。
「主上を心配しておられましたから、提案自体はすぐに受け入れてくださいました。問題はそれがいつまで続くのか、ということだったようで…」
「いつまで?」
 楽しそうに語る夫の意図がよくわからない。
 長く続くことが御嫌だったのだろうか?
 麒麟は、王を慕い、傍にいたがる性を持つ生き物だというし、塙台輔はフォーセリアのどの国の台輔よりもご自分の半身である主上を好いておられる印象を持っていたのだけれど、違うのだろうか。
「まさか、いつまでも仁重殿でお休みになられては主上の、王としての権威にかかわる、とおっしゃるのか?」
 私と同じ疑問を、もっと難しい捉え方をしていたアシュラム殿が静かに吠える。
 いくら静かな声でのやりとりとはいえ、会話の続く中でもお疲れだった主上は、少しも起きるご様子はない。
「いえ、その反対です。いつ主上が寂しさを克服されて、離れて行ってしまわれるのかを憂いておられます。」
 即位より30年が経ち、雛だった小さかった麒麟も今では立派な成獣として成長された台輔だが、主上に対してはいまだ出逢ったころの少女のような心持ちを維持しておられる。
 今では主上の背を超え、外見の年齢も超えたというのに…。いえ、わたくしたち王宮で仕える者たちにとっては、仲の良い主従の様子は見ているだけで疲れも取れるというものだけれど。
「本当に。主上と台輔は仲がよろしいから。」
 これから、主上の気が変わるまで続く、二人が並んで眠りにつく様子を想像して、私はあまりに微笑ましい光景が浮かんで楽しくなった。

 国が落ち着いたら、また創作活動を再開させてもいいかもしれない。そうとなったら、女官やかつての仲間に知らせを送らなければ…!
 勘でしかないけれど、この王朝は永い治世を敷くだろう。私はこれまで高位の官として朝を支え続けた母に連れられ、長い時をここで過ごしてきた。あまり移ろいのない場所だからたまには刺激がほしくなる時があるのだ。そんな時に出会ったのが文学内でも素人向けの分野だった。
 下の者たちには「百合」と呼ばれているソレ。
 かつて異性同士の主従であったり、男同士の主従であった場合も存在したが、その時には特にこれといって創作意欲が駆り立てられなかったのだ。
 しかし、現在ここにいる主従は実に容姿端麗な同性の王と麒麟である。
 これでやらなきゃいつヤルノダ!?
 拳を握りながら意気込んでいると、いつのまにやら立ち止まってしまっていたらしく、前方から夫の呼ぶ声が聞こえた。
 返事をしながら駆けよれば、アシュラム殿も不思議そうに首をかしげながら私を見ている。夫は私の趣味を知っている(いつかなど原稿の締め切りに間に合わないから徹夜で手伝ってもらったこともある)ので、微笑ましいものを見るように、遠くの方を見ていた。

「長宰、左将軍、女官長ですね。」
 どこからともなく聞こえて来た女性の声に、一瞬身体が強張るが、見回しても主の姿が見当たらないことで塙麟の使令という結論に達し、落ち着いた。
「中々いらっしゃらないので、お迎えに参ろうかと思っておりました。主上が反対されているのなら、気絶させてでも連れて来い、との台輔の命で参りましたが…徒労でしたか」
「ああ。主上はこの通り、想いを吐きだし、泣き疲れて眠っておられる。」
 さすが将軍。腐っても武将。
 とっさの判断は素晴らしい。
 表情こそ部下に対するときのような硬いものに戻ってしまったが、主上を抱える腕は優しいままだ。
「では、早くおいでください。台輔も眠らずにお待ちです。」
「ああ、急ごう。」

「まあ、主上!」
 それでも静かに声を上げた塙麟は、主上を抱き上げているアシュラム殿に駆けより、その寝顔を覗き込んだ。
 嬉しそうに、可愛い我が子を見つめるかのような穏やかな眼差しに、迎えに来た女怪、陰に潜む使令たちに加えてその場に立つ私たちにもようやく穏やかな休息の時がやって来た。