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最初の乱は、治世４０年頃のことだった。
　その時起こった事件と、乱終結後に首謀者からかけられた生まれを差別する冷たい、刃物のように鋭い言葉は、今でも私の胸に刻み込まれている。

そして治世３５０年を過ぎた頃、国全土に復興の兆しを見せていた私の国にも、そういう時期だったのか二度目の乱が起こった。
　まったく、空気を読まない奴らだ。以前乱を起こした奴らがどうなったのか、知らないし興味もないという、なんとも勉強不足という点も、すべても、なんか気分でも、とにかく馬鹿な奴らだった。
　せっかく作物は実り、商業も流れに乗ったと言うところで起きた反乱だったため、苦労して築こうとし始めていた柱を揺らされてしまったのだ。
　幸い反乱軍は空気が読めていない奴らばかりで、周りが冷え切った眼で見ていたことにも気付かず、上から目線で民に食糧徴収を行ったため、王都に届く前に民によって消された。
　どうにか殺される前に捕らえ、聞いたところによると、そいつらは前王治世の元で公金横領私財着服に精を出していた腐った官吏たちだったそうで、同じ時代を生きた現王朝の中枢にいるベルドやアシュラム、バグナードたちが気に入らなかったようだ。さすがにここまで腐りきってしまっては、私も助ける余地が見つからない。
　結局、そいつらは一方的に虐げられそうだった民にも納得できるように、虚海沿いの村でひっそりと公開処刑になった。

　それからは幸運にも小さな小競り合いはあれど、それ以来３００年ほど、戦乱とは無縁に過ごしている。おかげで国も早く復興させることができた。
　治世４００年を数えた年にはずっと心配だった母さんも此方に流され、朱旌の一座に拾われて諸国を旅していたらしく、別れたときより年をとっていたが普通の海客だったようで、一目見てすぐに分かった。私と暮すために翠篁宮に上がってもらったが、当初はいろいろと悩んだようだ。　　

王として政務をこなす娘を前に、（私はそばにいてくれるだけで充分嬉しかった）毎日綺麗な着物を着て、美味しい物を食べて、日に干された布団の中で休むだけの母親でいることが、つらかったそうだ。
「これでは娘に寄生する害虫も同じ。…自分にもなにかできることがないかしら？」と呟いているのを耳にしたことがある。今でこそ他国までに展開する蓬莱風料亭を任せているが、そこに辿り着くまでの苦労は計り知れない。王でもない、麒麟でもない。この世の理をまるで知らない海客が突然、娘が王だったからと言われて王宮で暮すことになれば、困惑もするだろう。もしかしたら、娘の権力を笠に来て自身を権力者だと勘違いしていたかもしれない。
　そう考えると母さんを母親だからといきなり王宮にあげたのは無謀だったか、朱旌として自由に暮して来た母さんの思いを越えて、私の都合だけでここに連れてきてしまったが、これが本当に母さんの幸せなのだろうか？母さんは、人として生き、人として死にたかったのではないのか。そう、いろいろと考えたが、結果はプラスの方へと動いてくれた、というか、母さんがそう動かしてくれたのだ。現在では塙王の母親という話題よりも、“蓬莱亭の店主”としての方が有名であるくらいだ。
　蓬莱で育ててくれたことも、巧国で、こうして直接政にかかわるやり方ではなく、私の夢の直接の手助けとして活躍し、私を支え続けてくれる。守り続けてくれることが、嬉しくてありがたかった。
　地球を離れ、全く違う空の下、それでも変わらぬ思いも確かにある。
　「私、母さんの娘でよかった！」

　しかし、治世５００年を過ぎて、政務をどうしたらスムーズにこなせるのか、官の癖や能力を理解できて来て、要領よく仕事ができてしまうと、暇を持て余す時間が増える。
　愛らしいニースがまだ幼い頃には、愛らしい小さなニースに構って遊ぶことがいい暇つぶしになったし、気分転換だった。
　けれど、成長し仙籍に入ったニースが「私が主上のため、主上の代わりに外の世界を見てまいります。」と改められてしまった口調（それでもかわいい！）で言い放って、表向き勉強のためと旅に出てしまって以来、退屈でしかたがなくなり、暇つぶしは政務。好きなことは政務。休日の過ごし方、政務をこなす（それって休日？）。なんとも王様の鑑のような状態になってしまった。
　おかげで今では「主上は政務のしすぎです。少しはお遊びになってください！」とか、「こちらの書簡は御璽をいただくものではございませんでした」って私基準では少ない書簡を見る機会が、さらに厳選されるために減ってしまっていた。
「たまには王宮を出奔し、旅でもなされてはいかがですか？…あ、その折は使令をお連れくださいね」
　今ではすっかり成獣になり、私の我が儘で獣形になってもらう時以外は美しい女性の姿をとっている半身に笑顔で王宮を抜け出してみたら？と提案されるって、どうなんだろう？
「…主上はご立派な王なので、わたしとしてはつまらない限りです…」
　深いため息をついてスレインは心底つまらなさそうに言うけれど、長宰って、それでいいの？
　…っていうか、立派な王と呼びながらダメ出ししてない？
「たまにはいたずらをして、わたくしたちを困らせてください…」
　至極つまらなさそうな、お利口ねって評判の子供を持ったお母さんみたいな顔で王に言う女官長って…そんな王様でいいの？
　…っていうか、本当にみんな私にどんな王様像を抱いてるの！？あなたたちの理想の王様像が、最近私まったくわからなくなってきたよ！

　…まあ、そんなに言うなら、お望み通りにして見せようじゃないか！官吏たちだって、巧国の民であることに変わりはない！民の願いを叶えることが、私の理想の王様像だ！！
　御年５００云歳、太田桜。
　私、家出します！


　…と、自分で生け捕った騶虞の憲章に跨って、決意して飛び出してきたはいいが、世話をする女官たちが嬉々として出奔する王の身支度と荷物を用意する王朝って、大丈夫なのだろうか？
　長宰の言葉通り王宮を飛び出し、困った王になってみた。
　塙和の注文通り使令を連れて出て来たが、これからどうしよう。
　…女官長の言葉は、嬉々とする女官たちに負けて、叶えることができなかった…、また今度、悪戯してみようかな？…こんな王と官の関係でいいのか！？大丈夫か巧国！

　…どこへ行けばいいんだろう？首をかしげると、憲章が「どこへ行けばいいの？」と問うようにこちらを視線だけで見た。とにかく、決めるまで適当に飛んでくれ、と軽く握った手綱を緩める。私の肩に泊まっている峨城が顔の方にすり寄って来た。
　出奔とかはもとより、此方へ来て５００年になるが旅をしてみたこともなかったことに今さら気付いた。
　自国の状況とかは時々届くニースからの手紙で知ることができたし、他国の情勢も自由騎士として各国を放浪…自由に旅をして見聞してくれているパーンとディードリットからの手紙と言う名の報告書で知ることができた。
　考えてみれば蓬莱でも、あまり旅行に行ったことはなかった。