へなちょこマ王とじょおうさま 「12、新たな出会いと」
今日も、フォーセリアを照らす太陽が優しい光を大地に降り注いでいた。
フォーセリア随一の大国、巧。
治世500年を超えるこの国を統べるのは見た目15、16の少女の姿をした女王である。しかしその商才とはいかに。
わずか50年の間に商売を国中に広め、他国にも響く商業の国として確立させた秀才であると、外界にまで広められた希代の名君である。
根がまじめであるがゆえに、寝食を忘れ政務に没頭した日々も、今や遠い日の思い出。それが、政務が趣味と官吏たちに思われる仕事ぶりを披露しては官たちからあたたかい笑みをもらうことにもなれた今日この頃。
私、家出します!
その置手紙とともに官吏たちの望み通りに翆篁宮を出た自称・家出少女、大国、巧国の塙女王は今日も元気です。
「いらっしゃーい!」
「名高い舜国一の細工師の作品が安く手に入るのはここだけだよ!」
高い位置で結った背中を覆うほどの長さの桃色の髪を揺らし、若草色の瞳がらんらんと輝いて道行く人を見つめる。張り上げた声は鈴を転がしたような軽やかに響く。
お世辞も抜きに美しいと万民が認めるところであるこの美少女が売り子をするだけで、店の前には長蛇の列が出来上がっていた。
列には男はもちろん、幼さを残した少女の愛らしさに引きつけられた同性の姿もあった。
「あ!お兄さん、お母さんや妹さん、奥さんたちのお土産におひとついかが?」
「そこの綺麗なお姉さま!美しいあなたにはそんじょそこらの細工師の品じゃダメだよ!綺麗な人にはそれ相応の綺麗な美しいものをつけなくちゃ!ね!ふさわしいのはここの物だよ!」
こうして呼びこみを行い、手際良く接客応対をこなして客をさばいて行く。
「……」
「おじさん、次はこの列の商品を!」
「お、おう!」
「次、そっちね!」
「おう!」
「今度はこっち!」
「…おう」
「最後だよ!」
「……おう」
本来の店主であるはずの男は、茫然と彼女の見事なまでの手腕に呆けている他なかったが、こうしてたった一人の尽力で溢れていた彼の作品たちは、またたく間に新しい主の手に渡って行った。
峨城は、彼の仕える麒麟の主を黙って見ていた。
彼女は今、巧国へ来てから一番だったという売上で、彼女の母上が経営している料理店の窓際の席で店主から夕餉をご馳走になっているところだ。普通のなんの変哲もないオウムを演じている今の自分は、只人の前で人の言葉を話すわけにもいかず、主と話せもしなければ自分の意思を伝えることもできない。
食事をとても美味しそうに口に運んで行く主を見て、私は首を回した。塙麟の使令となってから永いが、この王と出会って食事する風景を何度も見て来た。その度に想うことがある。
彼女は、なんて美味そうにものを食べるのだろうか。
自分たちは妖魔や人間などの肉を主食としているけれど、それは生きて行く上で必要な栄養を摂取するために他ならない。人間でもそれは同じだと思っていたが、彼女は王であり仙だ。普通の人間やエルフよりは食べなくとも支障の少ない体であるはずなのだが、食べるとき、彼女はことのほか幸せそうな顔をする。
彼女を見ていると、彼女の食べている物がとても、何とも言えないほど美味なもののように思えてくるから不思議だ。
「ん?…峨城!」
私の視線を感じ取ったのか、彼女、唯一無二の我らの王は辺りを見回して近くの木にとまっていた私を見つけ、子供のように笑った。
何か問題でも起こったのだろうか?私の見ているところでは平和そのものだし、主上の影に潜んでいる芥笞にも何も異変はない。
呼ばれたので、窓の淵まで飛び、嘴で窓を叩く。すぐに王手ずから窓を開け、私を迎えてくれた。この親しみやすさが翠篁宮内で女官たちの熱い視線を集めていることなど、主上は気付いていないのだろう。
…この500年で、人間たちの感情にも慣れたものだ。
「はい、峨城!」
輝く笑顔でそう言って、主上は箸を持った右手とその下に添えられた左手をこちらに差し出してくる。何だろう?というか、主上のどんな宝玉にも勝る美しい顔を彩る笑みがまぶしい。
「…」
「…」
どんなに待っても、私に食べさせることを諦めてはくれないようだ。主上はよく、翠篁宮では我ら使令に美味しいと思ったものを分けてくださる。主上は台輔とも同じように分け合いたいようなのだが、血肉を食せない台輔には難しいようで、我らで代用しているようだった。自分が美味しいと感じたものを他者と共有するということに喜びを感じていらっしゃるようだ。
「峨城!あーん!」
仕方なく箸に挟まれている豆をついばむ。
「美味しい?」
楽しそうな笑顔に、肯定の意を込めて見つめた。
他国の主従のことはわからないが、我らの仕える巧主従は、声に出さずとも我らの意を酌んでくださることが多い。
「よかった。」
主上はそう言って、ご自分の食事を再開した。
ご相伴する栄華を与えられた男も、我らを微笑ましそうに見つめている。主上と同じほどの娘がいたと言っていたから、その子供と重ねてみていたのかもしれない。至高の冠を頂く主上と一町娘でしかない子供とを重ねるとは、なんとも浅はかな男だ。もっとも、男は目の前でオウムと戯れている(ように見えるだろう)少女が500年以上もの治世を敷いている名君だとは知らないのだから、無理もない話なのだが。
「ここの料理は蓬莱風でね。安くて美味しいと評判なんだ。」
「舜でも有名だったの?」
「ああ、…妖魔に荒らされた土地で、この店の人たちが食糧の許す限りに民へ支援をしてくれた。そのおかげで今を生きている者たちも多いだろう。」
「…そっか」
主上は悲しそうな、けれども嬉しそうな複雑な表情を浮かべた。
母上の育てた店が、母上の直接の手を離れてからも自然と善行を行っていたことが嬉しく、そんな状況の国があることが苦しいのだろう。他国に軍を派遣することは天によって禁じられているから、徇王や苦しみの中にいるその国の王からの要請がなければできない。
苦しんでいる難民を見るたびに己の力の無さを陰ながら嘆いておられたから、自分の蒔いた種が他国で芽吹いていたと知れたことは収穫だろう。
「それにしても、今日は君のおかげで本当に助かった。ありがとう。」
「いいえ!おじさん、品物はすごく素敵なのに売るのがとても下手なんだもの。手伝いたくもなるって!」
主上は笑いながらそうおっしゃったが、男は苦笑いを返すだけだった。なにも言うことがないようだ。
「そういえば、ここの経営者は塙王に所縁のある方らしいが、知っているかい?」
これが人間の“誤魔化し”か。後に主上も長宰に対してよく使われるようになる。
我ら妖魔には理解できないが、突然話を変えることにも、意味があるのだ。
わかりやすい誤魔化しだったが、親しい方の話題が出たことで主上も無理やり変えられた話題にも喰いつくことを是とされた。
「知ってる。巧国では結構有名な話だからね。この店が出た当初も、相当話題になったみたいだし。」
主上、それを言っては…。
忠告しようにも、他に目のある時はオウムのふりをするようにと命じられているため、できなかったが、せめて眼を細めて主上を見つめてみる。
フォーセリア随一の大国、巧。
治世500年を超えるこの国を統べるのは見た目15、16の少女の姿をした女王である。しかしその商才とはいかに。
わずか50年の間に商売を国中に広め、他国にも響く商業の国として確立させた秀才であると、外界にまで広められた希代の名君である。
根がまじめであるがゆえに、寝食を忘れ政務に没頭した日々も、今や遠い日の思い出。それが、政務が趣味と官吏たちに思われる仕事ぶりを披露しては官たちからあたたかい笑みをもらうことにもなれた今日この頃。
私、家出します!
その置手紙とともに官吏たちの望み通りに翆篁宮を出た自称・家出少女、大国、巧国の塙女王は今日も元気です。
「いらっしゃーい!」
「名高い舜国一の細工師の作品が安く手に入るのはここだけだよ!」
高い位置で結った背中を覆うほどの長さの桃色の髪を揺らし、若草色の瞳がらんらんと輝いて道行く人を見つめる。張り上げた声は鈴を転がしたような軽やかに響く。
お世辞も抜きに美しいと万民が認めるところであるこの美少女が売り子をするだけで、店の前には長蛇の列が出来上がっていた。
列には男はもちろん、幼さを残した少女の愛らしさに引きつけられた同性の姿もあった。
「あ!お兄さん、お母さんや妹さん、奥さんたちのお土産におひとついかが?」
「そこの綺麗なお姉さま!美しいあなたにはそんじょそこらの細工師の品じゃダメだよ!綺麗な人にはそれ相応の綺麗な美しいものをつけなくちゃ!ね!ふさわしいのはここの物だよ!」
こうして呼びこみを行い、手際良く接客応対をこなして客をさばいて行く。
「……」
「おじさん、次はこの列の商品を!」
「お、おう!」
「次、そっちね!」
「おう!」
「今度はこっち!」
「…おう」
「最後だよ!」
「……おう」
本来の店主であるはずの男は、茫然と彼女の見事なまでの手腕に呆けている他なかったが、こうしてたった一人の尽力で溢れていた彼の作品たちは、またたく間に新しい主の手に渡って行った。
峨城は、彼の仕える麒麟の主を黙って見ていた。
彼女は今、巧国へ来てから一番だったという売上で、彼女の母上が経営している料理店の窓際の席で店主から夕餉をご馳走になっているところだ。普通のなんの変哲もないオウムを演じている今の自分は、只人の前で人の言葉を話すわけにもいかず、主と話せもしなければ自分の意思を伝えることもできない。
食事をとても美味しそうに口に運んで行く主を見て、私は首を回した。塙麟の使令となってから永いが、この王と出会って食事する風景を何度も見て来た。その度に想うことがある。
彼女は、なんて美味そうにものを食べるのだろうか。
自分たちは妖魔や人間などの肉を主食としているけれど、それは生きて行く上で必要な栄養を摂取するために他ならない。人間でもそれは同じだと思っていたが、彼女は王であり仙だ。普通の人間やエルフよりは食べなくとも支障の少ない体であるはずなのだが、食べるとき、彼女はことのほか幸せそうな顔をする。
彼女を見ていると、彼女の食べている物がとても、何とも言えないほど美味なもののように思えてくるから不思議だ。
「ん?…峨城!」
私の視線を感じ取ったのか、彼女、唯一無二の我らの王は辺りを見回して近くの木にとまっていた私を見つけ、子供のように笑った。
何か問題でも起こったのだろうか?私の見ているところでは平和そのものだし、主上の影に潜んでいる芥笞にも何も異変はない。
呼ばれたので、窓の淵まで飛び、嘴で窓を叩く。すぐに王手ずから窓を開け、私を迎えてくれた。この親しみやすさが翠篁宮内で女官たちの熱い視線を集めていることなど、主上は気付いていないのだろう。
…この500年で、人間たちの感情にも慣れたものだ。
「はい、峨城!」
輝く笑顔でそう言って、主上は箸を持った右手とその下に添えられた左手をこちらに差し出してくる。何だろう?というか、主上のどんな宝玉にも勝る美しい顔を彩る笑みがまぶしい。
「…」
「…」
どんなに待っても、私に食べさせることを諦めてはくれないようだ。主上はよく、翠篁宮では我ら使令に美味しいと思ったものを分けてくださる。主上は台輔とも同じように分け合いたいようなのだが、血肉を食せない台輔には難しいようで、我らで代用しているようだった。自分が美味しいと感じたものを他者と共有するということに喜びを感じていらっしゃるようだ。
「峨城!あーん!」
仕方なく箸に挟まれている豆をついばむ。
「美味しい?」
楽しそうな笑顔に、肯定の意を込めて見つめた。
他国の主従のことはわからないが、我らの仕える巧主従は、声に出さずとも我らの意を酌んでくださることが多い。
「よかった。」
主上はそう言って、ご自分の食事を再開した。
ご相伴する栄華を与えられた男も、我らを微笑ましそうに見つめている。主上と同じほどの娘がいたと言っていたから、その子供と重ねてみていたのかもしれない。至高の冠を頂く主上と一町娘でしかない子供とを重ねるとは、なんとも浅はかな男だ。もっとも、男は目の前でオウムと戯れている(ように見えるだろう)少女が500年以上もの治世を敷いている名君だとは知らないのだから、無理もない話なのだが。
「ここの料理は蓬莱風でね。安くて美味しいと評判なんだ。」
「舜でも有名だったの?」
「ああ、…妖魔に荒らされた土地で、この店の人たちが食糧の許す限りに民へ支援をしてくれた。そのおかげで今を生きている者たちも多いだろう。」
「…そっか」
主上は悲しそうな、けれども嬉しそうな複雑な表情を浮かべた。
母上の育てた店が、母上の直接の手を離れてからも自然と善行を行っていたことが嬉しく、そんな状況の国があることが苦しいのだろう。他国に軍を派遣することは天によって禁じられているから、徇王や苦しみの中にいるその国の王からの要請がなければできない。
苦しんでいる難民を見るたびに己の力の無さを陰ながら嘆いておられたから、自分の蒔いた種が他国で芽吹いていたと知れたことは収穫だろう。
「それにしても、今日は君のおかげで本当に助かった。ありがとう。」
「いいえ!おじさん、品物はすごく素敵なのに売るのがとても下手なんだもの。手伝いたくもなるって!」
主上は笑いながらそうおっしゃったが、男は苦笑いを返すだけだった。なにも言うことがないようだ。
「そういえば、ここの経営者は塙王に所縁のある方らしいが、知っているかい?」
これが人間の“誤魔化し”か。後に主上も長宰に対してよく使われるようになる。
我ら妖魔には理解できないが、突然話を変えることにも、意味があるのだ。
わかりやすい誤魔化しだったが、親しい方の話題が出たことで主上も無理やり変えられた話題にも喰いつくことを是とされた。
「知ってる。巧国では結構有名な話だからね。この店が出た当初も、相当話題になったみたいだし。」
主上、それを言っては…。
忠告しようにも、他に目のある時はオウムのふりをするようにと命じられているため、できなかったが、せめて眼を細めて主上を見つめてみる。
作品名:へなちょこマ王とじょおうさま 「12、新たな出会いと」 作家名:くりりん