へなちょこマ王とじょおうさま 「12、新たな出会いと」
「君は、本当に博識なのだね。この店が出た当初と言ったら、もう100年も前じゃないかい?私もそうだが、君も生まれていないだろう。」
けれど男は子供が自分の持つ知識を自慢している光景に見えたのだろうか。これまでの苦労で皺が刻まれた顔をほころばせて主上を見ていた。
なにも知らない者と言うのは、罪でもあるが、人によっては幸せでもあるのだな。
私はため息をつきたくなったのを誤魔化すために羽を毛づくろいするふりをして翼に顔を埋めた。
主上は慌てたように両手を左右に振り、笑う。辛い物を食べたわけでも、運動した後でもないのに、頬に光る汗が切ない。
「そ、そうなの!母がこの店で働いていたことがあって、それでこの店について調べたことがあったの。他にも、私巧国の民として知っておかなければならないことを勉強したのよ!」
自慢げに話す芝居をしている主上は、本物の子供のようだ。身体の成長が14,15で止まっているため、様になっている。
…いけない。今度は笑いたくなってきた。このまま翼に顔を埋めて眠っているふりをしてしまえば、誤魔化せるだろうか。…っく!
「…峨城…!」
声をひそめて私を呼ぶ主上。それさえも不審がることなく、微笑ましい光景としてしまう父親視点とは恐ろしいものだ。
「君たちは仲が良いのだね。娘も動物が好きでね、よく家畜小屋に行っては馬や牛たちを撫でて過ごしていた。将来は妖獣がほしいと言って手伝いをしていたよ。」
主上に娘を重ねた次は本物の昔話か。人間は忙しい。
「うん、この子は峨城っていうの。昔っから仲良しで、ずっと一緒に行動していたから、言葉がなくても大体何を考えているか、とかわかるんだ!」
子供らしい口調に大きな動作。声音もどことなく高くなっている気がする。
人間は芸が多い。
そうか、そうかと頷いて帰しながら、目を細めた店主は主上に新しい料理を勧めた。ここの料理は、すべて主上の母上が考案されたものだ。多くは主上の生まれ育った蓬莱で食べられていた料理らしく、初めてこの店に入った折、主上は隠しておいでだったが目を潤ませて懐かしまれていた。
今、勧められて手に取ったのは、確か“おにぎり”という米を握って団子状にしたものだ。中にいろいろな具を入れて楽しむ。安くて簡単で持ち運びが可能な便利な食べ物で、蓬莱ではよく食べた、と主上の言葉を思い出す。
「あ、おかかだ!」
一口、大きな口でかじりつき、具が見える。
おかかとは、鰹節に醤油をたらした具だ。主上の母上はこれが一番好きだと何か逸話があるのか、楽しそうに笑っておられた。ちなみに、主上はなんでも好きだが、一番は梅干しという酸っぱい、加工された梅の実だそうだ。私も主上に差し出されて食べてみたことがあるが、あのなんとも言えない想像するだけで唾の溢れ出る酸っぱさ、私は好かない。
主上は嬉しそうにこぶし大のおにぎりを大切そうに両手で持って食べ続ける。その様子を微笑んで見守る中年の男と、黙って主人を見つめるオウム。一角を担う私自身が言うのもなんだが、…なんだこの光景は。
主上の母上が考案(正しくは、蓬莱で食べられていた料理の再現)された料理を一通り注文し、食べ終えて一息つくと、世話をした店主が金を払い、主上は出てくるのを外で待ち、出て来た店主に「ご馳走様でした」と礼を言われた。私は近くのあまり高くない木の枝にとまり、二人の様子を見つめる。
旅はまだ始まったばかりだ。翠篁宮を出てきてから1日も経っていない。しかし、主上の顔はどこかやりきった感が満ちて輝いてはいないか?
「私、これから旅に出ようと思っているんだけど、巧国以外の有名な観光地とか知らなくって…おじさん、どこか知らない?」
…主上は目的を忘れてはいなかった。
心の中でそっと静かに疑ったことを謝罪して、歩きだした二人の背を追い、枝から揺れる主上の肩へと移動し、店主の顔を見る。
店に向かって歩き進めながら少しだけ悩んだ店主は、複雑な表情を浮かべた。いつも思うが、人間は多様な表情を浮かべる生き物だ。複雑で面倒だとも思うが、そこがまた面白いとも思う。今では少なくなってしまったが、以前は、台輔の浮かべる拗ねた表情が結構好きだった。現在でも変わらないのは、主上の太陽のような満面の笑顔だろう。
「昔、…といってもそう古いことではないが、家族で行った外界の人間の領土にシルドクラウドという温泉街がある。そこはなかなかいい場所だった。」
思い出したのだろうか。店主は夕暮れで赤く染まった空を見上げて目を細めた。微笑ましいものを見る目ではなく、失われてしまった過去を懐かしむ瞳。
私が一声オウムを意識して鳴くと、店主はハッとして主上を見た。
「すまないね、もう吹っ切れたと思っていたのだが…」
「いいんじゃないかな。無理に立ち直ろうとしなくても。思い出って大切なものでしょ?おじさんは一度大切なものを失った。どっかで聞いたんだけど、命には三度死が訪れるんだって。」
「三度?」
「一度じゃないのかって思うでしょ?」
主上の言葉に店主は頷きで返す。
「一度目は身体の死。普通、死んだって思っている状態だね。視覚できてわかりやすい。」
頷くことで先を促す。店主は聞き上手かもしれない。
「二度目は魂の死。死んだ人の魂は仙人になるって聞いたけど、それの死だね。」
こくり、と縦に動く頭。
「最後は他人の中にいる、その人の死。思い出とか、想いとか。誰かの中にも、必ずその人の居場所ってあるんだよね、最期に、それが死んで、本当の死が訪れる。」
人間は、面白いことを考え付くものだ。
三度も死なねばならないとは、面倒なことではあるが、遺されたものにとっては心の支えとなろう。…この世界では国同士の戦いはない。戦で殺し合うのは同じ国のものであるのだ、同郷のものを殺した虚しさを少しでも慰めるために作りだされた寓話だろうか?
「……そうだね。私は、私の仕事に過去を思い出しながら、売れないから、生活できないからと大切な思い出から逃げようとしていた。」
下を向いた店主の傾いた顔の上部からきらりと光る雫が地を濡らす。
「私はこれから、あの子や彼女の想い出を抱いて生きて行く。それが、私の中で生き続ける家族との絆であるのだから。」
主上もまた頷いて応え、空を見上げた。もしかしたら、置いて来た半身を想っているのだろうか?台輔に話して聞かせたら喜ばれるだろうか。
「せっかくの命だもん、生きられなかった大切な人の分まで生きて、お迎えが来たときに話してあげられる土産話があってもいいじゃない。」
「…ああ、……ありがとう」
万民を惹きつける太陽の笑顔を浮かべる主上と、静かに涙を流す中年の男。
場所は、気がつけばそんなに離れていなかった店の前まで来ていた。ここで、店主とは別れることとなろう。たった1日の付き合いだったが、なんだかとても長い時間ともに会ったような気がする。
「…今日はありがとう、おじさん。私、シルドクラウドに行ってみるよ。おじさんたちが見た景色を、私も見てみたい。」
「ああ、楽しんでおいで。」
笑って頷いて、主上は怪訝そうな顔をして、店主を下から覗き込んだ。
「…大丈夫?」
作品名:へなちょこマ王とじょおうさま 「12、新たな出会いと」 作家名:くりりん