へなちょこマ王とじょおうさま 「13、名前」
「俺はヨザックってんだ。グリエ・ヨザック。」
「私は桜樹。桜の木って書いて、オウジュ。この巧国の生まれだよ」
港を歩く私も、お兄さんも、笑顔だった。
海から流れて来た潮風が、ねっとりと私とお兄さんの髪を通り、肌を撫でて、吹き抜ける。
「俺はシマロンの生まれだ、一応な。育ったのは眞魔国。」
短い時間の中でも、ヨザックの表情は豊かな方だったと思う。けれど、出生に話が及ぶと、ヨザックの表情は厳しい、というか悲しそうな、話すのが嫌そうな表情になった。
「…確か、シマロンは人間の土地で、魔族には厳しいんだっけ?」
「ああ。それで子供の頃、眞魔国に連れてきてもらった。幼馴染の親父さんにな。」
人間の土地から敵対している魔族の国に移り住むなんて、そうあることじゃない。それに、確かシマロンたち人間と魔族は20年ほど前まで戦争状態にあったはずだ。危険だからニースには行かないように注意しておけって、パーンが言って来たから間違いないはずだ。
お兄さんの年齢は、見た感じ20代半ばから後半辺り。戦争の混乱に乗じて移ったのだろうか、とにかく並大抵の苦労ではなかっただろう。
「ヨザックは魔族?」
尋ねると、ヨザックはニカッと明るく笑った。
出会ってから一時間ほどの中ですでに何度か目にした顔だ。私はこの子供のような笑顔が好きになっていた。
私は普段、王様と言う職業上、みんなを照らす側にある。でも、たまに照らされてみたいと思うことがあるのだ。ヨザックの笑顔は、私の願いを叶えるにはもってこいの眩しさを持っていた。
「ああ!人間の母親がシマロンの過酷な環境で死んでからずっと、俺は人間だと思ったことはない。」
言葉は辛辣できつかったが、ヨザックはそれだけ眞魔国と魔族を大切に思っているのだろう事が窺えた。でも、その分人間に対して厳しくなっている。
ヨザックは魔族と人間の混血だ。
世界を旅しているパーンとディードに聞いたことがある。外界では魔族と人間の間に生まれた子供と、異なる種属を愛したその親に対する風当たりは強い、と。
フォーセリアにおいても同じことが言える。天の理があるため、戦争(内戦を除く)まで達することはないが、人間とフォーセリアでしか姿を見ないエルフであっても、混血であるハーフエルフの扱いは酷く、どちらにも受け入れられることはあまりない。
私もハーフエルフはアシュラムの部下であるリーフしか知らない。彼女は母親が人間、父親がエルフという珍しいタイプらしいのだ。一般的にはエルフの女性を人間の男が襲って子供をなすらしいから…。
戦争が可能な外界においてはさらに酷いのだろう。蓬莱の図書館や世界史で学んだ白人と黒人の人種戦争と同じほどだろうか?
なんとかしたいと思っているのだが、私にはまだ、半獣と海客に対する差別をどうにかすることまでしか手が回っていない。対策を講じたくても、実際に魔族と人間に会ってみなければ、現実的な対策を考えることができなかったのだ。
魔族と人間双方がなにを望んでいるのか、それがわからなかったから。
「あの船だ!」
ヨザックの示した方向には、人通りの少ない小さな船着き場に黒い軍艦みたいな船と、数人のデザインが同じ濃い緑色の服を来た男の人が立っていた。眞魔国の人だろうか?とすると、ヨザックはかなり高位の人となる。
一般人に迎えを出すほど、眞魔国は距離的にも近くはないし、心情の面からいっても近くない。どちらかといえば、巧国の人口は人間で占められているから魔族の国である眞魔国からはあたたかくない視線を向けられていると思う。
でも、だからと言って、古い貴族社会をそのままに遺す政治体系をとる人間諸国も、私は好きではない。
でも、そうそう好き嫌いで渡り歩けるほど社会と商業は簡単ではないのだ。商いには人づきあいが必要不可欠であり、それがうまくいっているからこそ、巧国はこれほどまでに豊かな姿を諸国に誇っているのだ。
いかに嫌いだとはいえど、商売には一切持ち込まないのが、巧国の流儀である。“顔で笑って腹で貶せ”巧国から外界に出た商業人たちの間で一時期流行した言葉だ。何があったのかは知らないし、私の下に上がってくる前に報告書を読んだスレインは聞いても笑って誤魔化すだけで、教えてはくれなかった。
「変わった船だね。フォーセリアの物じゃない。」
「よくわかったな。」
当てた生徒を褒めるように、ヨザックは私の頭を大きな手で撫でた。
「あれは眞魔国の誇るマッドマジカリストが作った魔導装置だ。超高速艇ハヤオクン、その試作機。」
説明されながら背中を押されて船の中へ。いかつい美形の軍人さん?たちに見守られながら特に止められることなく乗ることができた。やっぱりヨザックは高位の人なのだろうか。
魔導ということは、魔族らしく魔法の力で動くのだろう。中に魔法使いとかいるのかな?なんて考えながら見回していると、ヨザックに太陽のような子供の明るい笑顔とは対照的なやんちゃな子供を見る大人の微笑みを向けられた。
「…名前からして速そうだけど、無駄な装飾とか一切ないね。」
「速くなるためには、まず減量♪ってな!」
「女性も船も変わらないんだね…」
「そうよーん♪」
「…」
私の言葉にヨザックではない声…っていうかカッコいいヨザックの声とは思えない声が返って来た。
ヨザックを待っていたのか、乗り込むと動き出した船の振動に揺られて視界も揺れる。
揺れる視界で周囲を見回してみても、艦橋には私とヨザックしか見当たらない。…え?
「…」
「…無言は止めろよ。グリ江、寂しいわぁ!」
「…」
「だから無言は!」
「…グリ江ちゃん、かわいいね!」
無言の反応が意味するところは、拒絶か肯定と相場が決まっている。しかし、これまでは拒絶の方が圧倒的に多かったのだろう、ヨザックはなにも言葉を返さない私に拒絶の色を見たのだ。けれど、私が黙っていたのは違う意味を持っていたということを私は知っている。
よく半身である塙和や、よくわからない人代表のバグナードから「主上の好みは理解ができない。」と言われるが、かわいいものを可愛いと口にして何が悪いと言うのだろう。私にはそちらの方が不思議に思う。
ヨザックを見れば、男性にしては長めの髪(いや、うちのアシュラムよりはずいぶん短いけど)が海の風になびいて持ち主の頬を撫でる。
くすぐったいだろうに、ヨザックは払うこともなくなすがままになっていた。見ているだけで頬がかゆくなるので、私が代わりに払ってやる。が、場所が変わらず海の上なのであまり効果はない。
「グリ江ちゃんは可愛いよ。…ただ、ヨザックの姿で口調だけグリ江ちゃんになるから、受け入れがたいと思うんだ。見た目もグリ江ちゃんになったら、ヨザック最強だね!」
いつか本気のグリ江ちゃんに逢わせてね!
そう言ってみると、ヨザックはなんとも微妙な表情になって、ゆったりと私の頭を撫でた。次いで、いつの間にか目を覚ましていた峨城の首(嘴の下)を撫でて「お前も苦労してんだな…」「…(わかってくれるか)」と会話(見た目かなり一方的)を交わしていた。
え、なにこれ。
「私は桜樹。桜の木って書いて、オウジュ。この巧国の生まれだよ」
港を歩く私も、お兄さんも、笑顔だった。
海から流れて来た潮風が、ねっとりと私とお兄さんの髪を通り、肌を撫でて、吹き抜ける。
「俺はシマロンの生まれだ、一応な。育ったのは眞魔国。」
短い時間の中でも、ヨザックの表情は豊かな方だったと思う。けれど、出生に話が及ぶと、ヨザックの表情は厳しい、というか悲しそうな、話すのが嫌そうな表情になった。
「…確か、シマロンは人間の土地で、魔族には厳しいんだっけ?」
「ああ。それで子供の頃、眞魔国に連れてきてもらった。幼馴染の親父さんにな。」
人間の土地から敵対している魔族の国に移り住むなんて、そうあることじゃない。それに、確かシマロンたち人間と魔族は20年ほど前まで戦争状態にあったはずだ。危険だからニースには行かないように注意しておけって、パーンが言って来たから間違いないはずだ。
お兄さんの年齢は、見た感じ20代半ばから後半辺り。戦争の混乱に乗じて移ったのだろうか、とにかく並大抵の苦労ではなかっただろう。
「ヨザックは魔族?」
尋ねると、ヨザックはニカッと明るく笑った。
出会ってから一時間ほどの中ですでに何度か目にした顔だ。私はこの子供のような笑顔が好きになっていた。
私は普段、王様と言う職業上、みんなを照らす側にある。でも、たまに照らされてみたいと思うことがあるのだ。ヨザックの笑顔は、私の願いを叶えるにはもってこいの眩しさを持っていた。
「ああ!人間の母親がシマロンの過酷な環境で死んでからずっと、俺は人間だと思ったことはない。」
言葉は辛辣できつかったが、ヨザックはそれだけ眞魔国と魔族を大切に思っているのだろう事が窺えた。でも、その分人間に対して厳しくなっている。
ヨザックは魔族と人間の混血だ。
世界を旅しているパーンとディードに聞いたことがある。外界では魔族と人間の間に生まれた子供と、異なる種属を愛したその親に対する風当たりは強い、と。
フォーセリアにおいても同じことが言える。天の理があるため、戦争(内戦を除く)まで達することはないが、人間とフォーセリアでしか姿を見ないエルフであっても、混血であるハーフエルフの扱いは酷く、どちらにも受け入れられることはあまりない。
私もハーフエルフはアシュラムの部下であるリーフしか知らない。彼女は母親が人間、父親がエルフという珍しいタイプらしいのだ。一般的にはエルフの女性を人間の男が襲って子供をなすらしいから…。
戦争が可能な外界においてはさらに酷いのだろう。蓬莱の図書館や世界史で学んだ白人と黒人の人種戦争と同じほどだろうか?
なんとかしたいと思っているのだが、私にはまだ、半獣と海客に対する差別をどうにかすることまでしか手が回っていない。対策を講じたくても、実際に魔族と人間に会ってみなければ、現実的な対策を考えることができなかったのだ。
魔族と人間双方がなにを望んでいるのか、それがわからなかったから。
「あの船だ!」
ヨザックの示した方向には、人通りの少ない小さな船着き場に黒い軍艦みたいな船と、数人のデザインが同じ濃い緑色の服を来た男の人が立っていた。眞魔国の人だろうか?とすると、ヨザックはかなり高位の人となる。
一般人に迎えを出すほど、眞魔国は距離的にも近くはないし、心情の面からいっても近くない。どちらかといえば、巧国の人口は人間で占められているから魔族の国である眞魔国からはあたたかくない視線を向けられていると思う。
でも、だからと言って、古い貴族社会をそのままに遺す政治体系をとる人間諸国も、私は好きではない。
でも、そうそう好き嫌いで渡り歩けるほど社会と商業は簡単ではないのだ。商いには人づきあいが必要不可欠であり、それがうまくいっているからこそ、巧国はこれほどまでに豊かな姿を諸国に誇っているのだ。
いかに嫌いだとはいえど、商売には一切持ち込まないのが、巧国の流儀である。“顔で笑って腹で貶せ”巧国から外界に出た商業人たちの間で一時期流行した言葉だ。何があったのかは知らないし、私の下に上がってくる前に報告書を読んだスレインは聞いても笑って誤魔化すだけで、教えてはくれなかった。
「変わった船だね。フォーセリアの物じゃない。」
「よくわかったな。」
当てた生徒を褒めるように、ヨザックは私の頭を大きな手で撫でた。
「あれは眞魔国の誇るマッドマジカリストが作った魔導装置だ。超高速艇ハヤオクン、その試作機。」
説明されながら背中を押されて船の中へ。いかつい美形の軍人さん?たちに見守られながら特に止められることなく乗ることができた。やっぱりヨザックは高位の人なのだろうか。
魔導ということは、魔族らしく魔法の力で動くのだろう。中に魔法使いとかいるのかな?なんて考えながら見回していると、ヨザックに太陽のような子供の明るい笑顔とは対照的なやんちゃな子供を見る大人の微笑みを向けられた。
「…名前からして速そうだけど、無駄な装飾とか一切ないね。」
「速くなるためには、まず減量♪ってな!」
「女性も船も変わらないんだね…」
「そうよーん♪」
「…」
私の言葉にヨザックではない声…っていうかカッコいいヨザックの声とは思えない声が返って来た。
ヨザックを待っていたのか、乗り込むと動き出した船の振動に揺られて視界も揺れる。
揺れる視界で周囲を見回してみても、艦橋には私とヨザックしか見当たらない。…え?
「…」
「…無言は止めろよ。グリ江、寂しいわぁ!」
「…」
「だから無言は!」
「…グリ江ちゃん、かわいいね!」
無言の反応が意味するところは、拒絶か肯定と相場が決まっている。しかし、これまでは拒絶の方が圧倒的に多かったのだろう、ヨザックはなにも言葉を返さない私に拒絶の色を見たのだ。けれど、私が黙っていたのは違う意味を持っていたということを私は知っている。
よく半身である塙和や、よくわからない人代表のバグナードから「主上の好みは理解ができない。」と言われるが、かわいいものを可愛いと口にして何が悪いと言うのだろう。私にはそちらの方が不思議に思う。
ヨザックを見れば、男性にしては長めの髪(いや、うちのアシュラムよりはずいぶん短いけど)が海の風になびいて持ち主の頬を撫でる。
くすぐったいだろうに、ヨザックは払うこともなくなすがままになっていた。見ているだけで頬がかゆくなるので、私が代わりに払ってやる。が、場所が変わらず海の上なのであまり効果はない。
「グリ江ちゃんは可愛いよ。…ただ、ヨザックの姿で口調だけグリ江ちゃんになるから、受け入れがたいと思うんだ。見た目もグリ江ちゃんになったら、ヨザック最強だね!」
いつか本気のグリ江ちゃんに逢わせてね!
そう言ってみると、ヨザックはなんとも微妙な表情になって、ゆったりと私の頭を撫でた。次いで、いつの間にか目を覚ましていた峨城の首(嘴の下)を撫でて「お前も苦労してんだな…」「…(わかってくれるか)」と会話(見た目かなり一方的)を交わしていた。
え、なにこれ。
作品名:へなちょこマ王とじょおうさま 「13、名前」 作家名:くりりん