へなちょこマ王とじょおうさま 「13、名前」
ついていけなくて彼らから視線を外して海を眺める。地球のような青でもなく、汚れた茶色でもない不思議な色をした内海を見つめた。
「…それにしても、ここの海は不思議な色だよな。」
「うん。」
何も考えずに、思ったままに声を出してしまった。
ヨザックの仕事が、どんなものかはわからない。けれど、きっと軍人とか、国のために命をかけて働く種類のものだろうとは予想がつく。
彼は、仕事で女装をしてしまうほど仕事に命もプライドもかけている。そして、仕事を生き甲斐としながらもどこかに楽しむ要素を出そうとしている矛盾の人だ。彼はその出自から助けてくれた眞魔国と魔族に対して小さくはない想いを抱いているだろう。だからきっとこの世界で王の次に重要な場所、国とその要を守る軍隊に属している。しかも、女装へき…じゃなくて、磨いた変装の腕も使う仕事と言えば諜報。それに殉じていると考えられる。
私も彼について考えている時、ヨザックもまた、私について考えているだろうこともわかっていた。少なくとも、私のような子供、敵として見られてはいないと思う。けれど、何故見ず知らずの子供である私にここまでよくしてくれるのか。
純粋な善意?
出会ってまだ間もないが、仕事や国のことを考えるとき、ヨザックは頭のいい動物の笑みを浮かべる。そんな表情をする人をあまり知らないが、彼は純粋な善意で誰かを助けるほどお人よしではないだろう。
ではなぜ、私を助けたのか。武器である剣を持つことが自然である護衛として名乗りを上げてまでそばにいるのか。
「お前、旅行に行ったことないって言ってたのに、他の海の色を知ってんのかい?」
「うん、お母さんが仕事で世界中を飛び回ってるとも言ったでしょ。連れていけない代わりにって、よく話を聞かせてくれたんだ。でも、実際に見たことはない。外界の海は空と同じ色をしているって言ってたけど、本当?ヨザックの瞳のような、綺麗な青い色なの?」
私は子供だ。
自分に言い聞かせて、落ち着いてよく考えてみたらちょっと恥ずかしくなってきた演技を続ける。口にする言葉も考えてから発した。
一瞬でも私を不審に思ったヨザックだったけれど、言い訳を聞いて納得してくれたみたいだ。あの、太陽のような笑顔を浮かべて私の頭に手を置いた。…なんだろう、これ、結構むかつく。
おっきいニースがよく頭を撫でるが、子供じゃないことを知っている上で撫でられる時とは、なんだか気の持ちようがとても違うということを学んだ。
子供扱い、むかつく。
「ああ、外界の海は澄んだ青色なんだ。空の色を映して青くなってるんだってな。一ヶ月後には見られるから、楽しみにしておけよ。」
「うん!…でも、そんなに澄んでいたら、海に住む妖魔が見えてしまわないかしら?もし見えちゃったら、誰も怖くて船に乗れないよね。でも、こうして眞魔国には船があるのだから、みんな怖い思いを乗り越えて船に乗るのね。」
「…外界に妖魔はいないんだ。ドラゴンとか、眞魔国では骨飛族とか骨魚族とかいるけど、人を餌にする妖魔はいない。」
「……外界には妖魔の危険はないけど戦争があって、フォーセリアは戦がないけど妖魔が出る。上手くいかないものだね」
「そうやって純粋に思ったことを言える桜樹みたいな子供は、羨ましいよな…」
だからこそ、私みたいのが子供をやると、子供って、意外と疲れるんだな…と心から思うわけだよ、ヨザック。
今さらだけど、一カ月以上も留守にして大丈夫だろうか?
いざとなったら塙和がなにかしら使令たちに伝言か迎えを寄こすか、御璽が必要な書簡を手に塙和自身が私のいる場所まで来てくれるか…、とにかく何か対策を練ったりするだろうが…改めて考えてみると不安だ。
うちは決めるときはビシッと決めてくれる、信頼できる仲間、家族たちだが、時折本当に何気ない、面白みに欠ける失敗をしてくれるので不安だ。
「じゃあな、風邪引かない内に中に入れよ」と遺してヨザックが中へ入って行った。
独りになった艦橋で海を眺めながらはぁ、と面白みに欠けるつまらない失敗をした時のことを思い出してため息をつく。こんなに重たいため息をつく子供なんて、なかなかいないだろう。
峨城と欅隗、芥笞など私の正体を知っている気心知れた仲間しかいない中では子供を演じることを止める。
「塙和たちは私がいない間、なにか対策を講じているのだろうか?なんの考えもなしに、私に旅に出ろ、と言ったわけではない…よね?」
小さく、陰に潜んでいる耳のいい妖魔たちだけに声が届くような小さな声をかける。このくらいの声ならば、最悪誰かに聞かれていたとしても、子供が何か言っているぐらいにしか思われないだろうし、船の上という場所柄、潮風に遮られて詳しいところまでは聞かれまい。
「台輔も長宰も、主上が自由な時間を取れるよう、以前より対策を考えておいでです。」
帰って来たのは欅隗の声だった。
翠篁宮では塙和の影にいることの方が多い欅隗とは違い、峨城と芥笞は、余程のことがない限り私の傍にいるので、知らなかったようだ。
感心したように「ほお」とか「台輔、いつの間に…」とか言っている。
「それで、どれくらいならば、政務に支障を出さずにいられる?」
私の問いに、欅隗は黙った。
欅隗がこの情報を持っているということは、欅隗がいる場面で打ち合わせをしていたのだろう。他の使令とは違い、欅隗は私と塙和の二人の間を頻繁に行き来していた。お互いに情報源とすることはわかっているはずだ。
「これまで、多くの政務をこなしておいででしたので…緊急の事案が出なければ、半年余り、かと。」
「緊急と言っても、それも最悪塙和が持ってくれば何とかなるかな…?」
「…是」
「そうか、わかった」
使令は、麒麟の死後にその遺体を食べて己の力とすると言う契約をしているそうだ。
しかし、塙和に仕える使令たちは、主である塙和を良く慕っていると思う。
今だって、塙和の負担となるだろうことには、肯定はするが不満そうな声音だし、私はしないけれど、どこからともなく他国の王が麒麟をないがしろにしているという話を耳に入れると、私がしているわけではないのに「主上は台輔を大切にしてくださいますな!?」と、モンスターペアレントになった過保護な保護者みたいなことを陰から、時には面と向かって言って来る。
芥笞は私を慕って使令に下ってくれた特異な使令なので、そう言うことはないし、どちらかと言えば私に忠誠を誓ってくれているような面を持っているので、苦情を言って来る使令たちを笑って見ていて、使令たちを諌めてくれることの方が多い。
そんなつもりはないが、私が失道して、王朝が終わった時、彼らは塙和を食べられるのだろうか。
いらない心配だろうが、そう思ってしまう。
「ま、そんなことになったら私が帰るけどね」
海を見ながらそう言えば、安心したようなため息が一つと、楽しそうな、愉快そうな笑い声がふたつ、聞こえてきた。
峨城は愉快犯だと思う。
空が暗くなり、雲海とは違ってただ黒い海が広がる闇に染まった頃。
「そろそろ中に入れよ~!」
作品名:へなちょこマ王とじょおうさま 「13、名前」 作家名:くりりん