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窓辺の乙女

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星奈は実によくはたらいた。身の回りの世話の殆どと、居所の手入れはハウスキーパーも兼ねるステラが(ほとんど彼女の領主としての権威を保つためだけに)行ったが、それ以外のことならなんでもやった。納められた税の管理や暦のを用いることといった算術を扱うややこしい仕事から、糸を紡ぎ布を織り刺繍を施し服を仕立てる村娘のごとき手作業まで。たまに台所に立てば質素ながらも美味なものを出したし、真剣に古びた家具の埃を払い油を塗って手入れをする姿も夜空は何度も見てきた。基本的に、天から授けられた才のおかげでなにもかもを愚痴ひとつこぼすことなく卒なくこなせる少女なのだった。
早くに家族を亡くしたためだ、といつか星奈は小鷹に言った。忠誠なる侍女はひとり側に残されたが、それだけだった。星奈はできることのすべて、なにもかもをしなければならなかった。しかしこの告白はむしろ夜空を苛立たせた。夜空はなにもできずにいたところを小鷹に掬ってもらうように家族のなかでただひとり生きながらえた。いまだにほとんどなにもできずにいる夜空にとって、星奈は眩しすぎて忌々しく思えるほどの存在だった。
勿論、嫌う理由はそれだけではない。
「……夜空もいたのね」
あからさまに顔をしかめられて、夜空は肩を竦めた。
「いや、私は小鷹に用があるだけだ」
「ならもっと遅くにくればよかったじゃないの。ステラに夕食をもうひとりぶん増やすよう、言わなきゃならないんだから」
(またこれだ)
恩を押し付けながらもやたらと不機嫌そうな口調で話しかけてくるので、夜空もつい売り言葉に買い言葉で冷たい声になる。
「お前との食事は息が詰まる。私は別にここで食べなくてもいいんだが」
「なによ、もとよりそのつもりでやってきたくせに。だいいち小鷹がもういるんだから、連れのあなたを数に入れないわけにはいかないのよ。それくらいわかりなさいよね。あたしは忙しいんだから、小鷹を迎えに行くんならひとりで行きなさいよ」
言うなり踵を返した星奈を夜空は呼び止めなかった。星奈がひとりなのだから、どうせ小鷹はいつも通り彼女の居室にまだ残っているのだろう。それを小鷹に許している星奈の意識してか無意識かはわからないが夜空にとっては脅威にしかならない無防備さと、生活を保護されている理由があるとはいえ許されるがままになっている小鷹の驚くべき鈍感さを思うと頭が痛くなった。辺境地帯の小さな町だとはいえおよそ領主らしくも、ついでに乙女らしくもない部屋だが、それでも小鷹をあそこにひとりにしておきたくはなくて、夜空はまだ上手く動かない左足を引きずりながら廊下を進んだ。
滞在は既にひと月にも及んでいたが、星奈がまだ小鷹を引きとめようとしていることも夜空には恐ろしかった。そのくせに彼女は小鷹の力を使おうとはしないで、専ら旅の情景を語らせることを言いつけている。同席すればよいのだが、そうなれば星奈がしかけてくる無駄な応酬でこちらが一方的に消耗する結果になると目に見えて分かっていた。星奈が乳飲み子のころから世話をしてきたステラは、彼女は外に出る機会が極端に少ないため、ひとづきあいが苦手なのだと言うが、ならば小鷹は何故――。
(ああ、苛々する)


角をふたつ曲がった先の部屋の扉は開かれたままになっていた。ノックはしないでそのまま覗き込む。丸椅子がひとつと、丸いクッションの置かれた寝椅子にテーブル、そしてそっけないほど無骨なベッドが星奈の部屋の全てである。
小鷹は扉に背を向けて、ベッドの前に佇んでいた。
「おい、小鷹」
声をかけると、その手からはらはらと、つやのある深緑の布が零れ落ちた。
「うわっ?!……なんだ、夜空か……」
「なんだとはなんだ」
「ただ驚いただけだよ。ひとの言葉尻を取るんじゃねえ」
「それは悪かったな。いま、領主殿と話をしてきたからだろうか」
「お前、星奈に厳しいよな。せっかく年も立場も近いんだから、もっと仲良くすりゃあいいのに」
「いやだ」
言い切った夜空に、小鷹が振り向きながらため息をつく。眉間の皺が20過ぎという若さにしてこびりついてしまったせいか相変わらずやたらと迫力のある目つきに、夜空は密かに安堵した。星奈となにかがあった上で、いつも通り夜空に接することができる小鷹ではない。妙に鈍い小鷹だから、それは夜空の――ひいては星奈を慮っての焦り、ではないだろうが。
「ったく、星奈は……だけどなあ」
「それよりこれはなんだ?」
小鷹に近づくと、布は毛糸で編まれた、ずいぶんと大きなものだと分かった。夜空が両はしを持って手を広げてみてようやく全貌が明らかになる。あっと、何故か小鷹が小さく声をあげた。
「?どうした」
「いや……」
「あいつか」
「うん、まあ、そうなんだけどな」
再びため息を吐き、夜空の手から編み物を取り上げようとする。
「歯切れが悪いぞ小鷹。それともなんだ、私が見てはいけない理由でもあるのか?」
「そうじゃないんだけどな。……俺が星奈に怒られる」
「庇ってやる。この私がいる限り、あいつに小鷹を罵らせるわけがないだろう」
「だから、そういうことじゃなくて……」
最後には頭を抱えはじめた小鷹はスツールを引き寄せて腰かけた。天井を見上げ、
「だめだ。説明できる気がしねえ」
「なら、説明しなくてもいい」
言い置いてベッドに腰かけ、夜空はあらためて手元の編み物を見下ろした。手触りのよい毛糸は、よく見れば深緑のなかに若緑で木の葉のモチーフをなしている。几帳面そのものの編み目を眺めているうちに嫌になってきた夜空は再び立ち上がり、なんとか畳んでベッドの端に置いた。スツールの小鷹に近づき、肩に手をかける。
「ほら、いつまでも凹んでいるな小鷹。あいつからは私が守ってやるって言ってるだろう?」
「それより夜空、お前ちゃんと驚いたふりをしろよ」
「……は?」
「俺は言ったからな」
急に顔を上げた小鷹の台詞を問い質す前に扉を叩く音がした。夜空は思わず両手を小鷹から離し、ふたりはほぼ同時に振り向いた。
ステラが扉の前に立ち、頭を下げていた。
「夕食の用意が出来ました。星奈様から、おふたりをお連れするように、と」
「あ、ああ。いま行く」
「お待ちします」
顔を上げたあとは言葉とおりその場から動かなくなったステラに、ふたりとも慌てて軽く身支度を整えた。普段は無表情を頑なに守る星奈に忠実な侍女が、小さく微笑んだことには気づけなかった。


予想通り気まずかった夕食の数日後、夜空の元に星奈からの呼び出しが届いた。曰く、ステラを迎えに寄越すので小鷹を伴わずにひとりで屋敷まで来いという。
「……罠か?」
「お前は星奈をいったいなんだと思っているんだ」
嘆息混じりで小鷹が呟く。
「いいから行ってこい。悪いようにはならないから」
「何故小鷹があいつのことを保証するんだ」
「……なんでって、そりゃあ、なあ」
とはいえ無碍にできる誘いでもない。
作品名:窓辺の乙女 作家名:しもてぃ