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apple blossom

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 今日は土曜日。
 午前中で授業が終わり、寮の食堂で昼食をとって、自室に戻るとすぐ、アンディは制服を脱ぐと着替えを手に取った。
 黒いTシャツの上に赤いフードつき半袖のパーカを羽織って、深緑のカーゴハーフパンツを穿いて、バックパックにノートやペンケースや必需品などを詰めて完成。
 机の前に座っていつからかアンディの行動をじっと見ていた寮の同室の先輩ウォルターが、きょとんとして訊ねる。
「アンディ、どっか行くのか?」
 振り向いたアンディは不機嫌に目を据わらせてぼそっと言った。
「……街の図書館。課題の資料を探しに」
 いったん口を閉ざして、それからゆっくりと重たく口を開いて続けた。
「……バジルと」
 ウォルターが目を見開いてぽかんとする。
 アンディはなんとなく気が引けてウォルターの顔が見られず、うつむく。
 一瞬の間。
 『ああ!』とウォルターが声を上げてぽんと手を叩く。
「そっか。アイツと組んだんだっけ、授業のふたり一組のレポートで」
「そう」
 しかめっ面をしてみせ、アンディはうなずく。
 いかにも気が乗らないといったように、重いため息を吐き、半眼でぼそぼそと話す。
「学校の図書館にいい資料がなくて……街の中央図書館までちょっと……ふたりで」
「あー……」
 ウォルターの顔が曇る。
「……大丈夫か? アンディ」
「大丈夫」
 心配そうなウォルターに、アンディはきっぱりと言い切る。
 バジルはことある度にアンディに嫌がらせをする。そのことを言っているのだ。
「なんとかなる」
 正確には、自分でなんとかする。だから、なんとか『なる』。
 ウォルターの過剰な気遣いを振り払うつもりで。
(苦労性だからな、ウォルターは……)
 余計な心配をかけたくない。
 ところが、そんなアンディの内心も知らず、意図も伝わらず……あんまり軽く言い過ぎた……ウォルターは真顔で言う。
「ついていってやろうか? アンディ」
 アンディは唖然として相手を見つめる。
「……ついてきてどうするのさ、ウォルター」
 しばらくして出た声は不満から低められていた。
「こどものおつかいじゃないんだよ? 学校の授業の課題をしに行くんだよ? しかもひとりじゃないんだ。ちょっと、絶対について来ないでよ」
 口をとがらして言うと、叱り飛ばすような激しい調子の声が返ってくる。
「ひとりじゃないから心配なんだろーがっ!! アンディ、アイツは危険だ! 要注意人物だ!! 陰険だし、狡猾だし、卑怯だし、たちが悪いしっ……」
「はいはい」
 聞き苦しくて、まだまだ続こうとしたバジルの悪口を適当なところで止める。
 いや、言っていることはその通りなのだが。
「知ってるよ」
 うんざりとして言う。
 言われるまでもなく、いやというほどよくわかっている。自分の方がバジルとの付き合いは長いのだ。
「気をつけるから、もう行っていいでしょ。待ち合わせ時間に遅れる」
「ちょっと待て」
 上から下までアンディの服装を眺めたウォルターは、机の上から何かを手に取って立ち上がる。
「何……」
 小さな丸いリンゴ型の容器の蓋を外して手の中に液体をこぼしたウォルターは、その手をアンディの首にのばしてペタリとつけた。
 とたん、少し甘酸っぱいけれどさわやかな果物系の香りが漂う。
「うわ……」
 香水をつけられたことにびっくりして戸惑うアンディにお構いなしにウォルターは首のもう片側にもなすりつけ、満足そうにニンマリと笑った。
「おそろい」
 アンディは急いで首を手首でごしごしとこすって匂いを取ろうとした。結果、手首にも匂いがついただけだった。
 ギロリとウォルターをにらみつける。
 よくもやってくれたな、と。
 中学生でこんなフレグランスなんて。
 対して、ウォルターはニマニマといたずらに成功したこどものように笑って、アンディの頭に手を置いた。
「行ってこいよ。気をつけるんだぞ。迷子になんなよ」
 ぺしっとアンディはその手を払いのける。
 憤然としてくるりと背を向けた。
「誰がなるか。もう……行ってくる」
「行ってらっしゃい」
 こども扱いして……と腹立たしくて仕方ないが、チラリと振り返るとやはり少し笑顔に元気のないウォルターに、心配されていることを悟って、怒りを治める。
 アンディは乱暴にガチャッと開いた扉をパタン……と静かに閉めた。