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とある午睡

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 フランシスは確かにいけ好かない男だが、それだけではないことを、もう知ってしまった。誰より馬の合わないと思われた男が、数ヶ月の間に誰より気の置けない存在へと変わってしまった。しかしそれだけなら、まだ問題はなかった。
じわじわと心を侵食されていくような心地はいつからか、確かにあった。フランシスの作る甘いお菓子を食べて、ふと視線をあげた時。訪れていながら、声も掛けずにこちらを眺めていたらしい視線とぶつかった時。今日はもう来ないだろうかと、何度も何度も、時計を確かめる自分に、気がついた時。そんな時に心を染める感情のことを何と呼ぶのか、もうとっくに気がついていたけれど、アーサーはそれをどうこうしようとはしなかった。昔手酷い失敗したことがあるから、などと、それはただの言い訳でしかなかったのだろうけど、アーサーは、これで良かった。今のまま、この関係さえ続くなら、それで満足だった。無理な願いなど叶えなくても、一番など手に入れなくても、何よりこの平穏があるのなら、それで。
下手に動きさえしなければ、心に沈黙を約束するならば、まだ大丈夫。この均衡は崩れることはないと、そう思っていたのに。出会った頃から何ひとつ思い通りになどなってくれない男フランシスは、やはりあっさりとアーサーのその期待を裏切ってみせた。


 一週間前。アーサーはフランシスにキスをされた。いつものようにアーサーの仕事の邪魔に来たフランシスは、いつものように仕事をするアーサーの後に付いてきて、どうでもいい話をダラダラと続けていた。新鮮なトマトを友人に貰っただの、昨日一緒に仕事をしたメイクさんが可愛かっただの、そんなことだ。
何がきっかけであったのかは分からない。アーサーは窓の外に今日みたいな暖かな陽気が広がっているのを見て、ああ眩しいなと思った。そこから先の記憶はもう、白い日差しと、日に透ける金色の髪と、間近に迫った青い瞳だ。アーサーはまるでそうすることが当たり前のように、その唇を受け入れていた。そのくせ、咄嗟に声を出すことも動くことも出来ずに、目の前の青い瞳を呆然と見つめた。
「…ねえ、アーサー」
フランシスは落ち着いていた。
「俺の事、どう思ってるの」
じわりと直接胸に染み込んでくるような声は、そこから出てきてくれないの、と少しだけ非難するような色を滲ませて言った。
何を、答えるべきか分からずに、アーサーは言葉に詰まった。その僅かな沈黙をどう取ったのか、間近のフランシスの瞳にふと影が差し、腕を掴んでいたその手はするりと離れていく。二人の距離は、あっけなくいつものそれへと戻る。
「フラ、」
「なーんて、ね。ごめん仕事あるから帰るわ。またね、」
アーサー。最後に呼ばれた自分の名前が、耳の中で反響する。フランシスの姿が消えた後、戻ってきたいつもの身に馴染んだ静寂が、どうしてかこの時耳に痛かった。


 ――それで。
どうしてこの男はこんなところで眠りこけているのだろう、とアーサーは頭が痛くなった。アーサーに顔も見せずに、こんなところで。アーサーの働く、こんな近くで。
あの日からまるまる一週間、フランシスは顔も見せなかったし、連絡もひとつも寄越さなかった。そんなことははじめてだった。だからアーサーは、もしかしたらフランシスはもうここへは来ないのかもしれないとすら、思い始めていたのだ。だというのに。
「…何してんだ、お前」
見つけた時、怒鳴ってやろうとしていた言葉は、小さく掠れて、誰にも届かずただ自分へと返ってくる。何してんだ俺。どうして、ちょっと泣きそうなんだ。
「フランシス」
何にもなれずどこにも行けず、ただただここに澱のように溜まっていく空気の一部になれたなら、もうどこに戻れなくてもいいと思っていた。こんな、世界から切り取られたような午後には、特に。アーサーはこの静謐な空間に満ちる、透明な不文律を愛しているのだ。
 それなのに。今、アーサーはこの静寂が乱されることを望んでいる。ただはやく、目を開けて欲しかった。名前を呼んで欲しかった。キスがしたいと、そう思った。アーサーが身の内で永らく保っていた均衡は崩れ去り、今はっきりと胸が苦しかった。
 頬にかかる優美な曲線を描く金糸が、日を受けてぼんやりと発光する。男のくせに長い睫毛は端正な顔に影を落としたまま、動かない。フランシスは目を覚まさない。
空気中に細かな光の粒子が音もなく舞う、まるでその眠りを守るように彼を包む陽だまりの外に、まだ、アーサーはいた。照り返しの眩さに目を細め、それでもじわりと光の領域に指先を押し入れる。
この選択が果たして最良なのか、まだ分からない。それでもこの時アーサーの頭に、手を伸ばさないという選択肢は、存在しなかった。








作品名:とある午睡 作家名:たかこ