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星のひらめき

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あの素晴らしき燐光の一層の奥深くに、ロシアが魅せられたのはいつの頃だったろう。

初めてその存在を知った時ではなかったと記憶している。あの時のロシアは星への興味など瓶底のウォトカ一滴にも及ばず、聞いた瞬間に忘れていたはずだ。それは星の煌めきの向こうになにがあろうと、彼になにももたらさないからだった。星に手を伸ばしたってかすりもしない。虚空に触れる瞬間の虚しさを今でも覚えている。
だからロシアは確実に手にはいるものしか興味がないし、それはどこの国だって、そう、だったはずだ。

「やっぱり星を見るのは新月に限るね!!」
隣のアメリカが叫ぶ。エンジン音と風の轟音以上の声量がキンとロシアの脳を揺さぶった。痛いほどの風を受けつつ平原をフォード・コブラでかっ飛ばすアメリカは、実に楽しそうで、ロシアは実に不機嫌だ。
「コブラって半分イギリス君のじゃない」
馬鹿な男だと、ロシアが思うその男の瞳は初夏の空に似てうざったい。

アメリカとロシアは顔をあわせる度、服についたシミを見るようなしかめっ面をする、そんな関係だ。思想や、政治など、ロシアとアメリカは国自体相容れない存在だが、ただ単にオプティミストで喜劇的なアメリカとペシミストで悲劇的なロシアとでは、性格の相性が悪かっただけかもしれない。

「なに考えてるんだい!?」
黙って運転することはアメリカには不可能だと、比較的短い付き合いだが嫌というほど知っている。しかし、普段は他人の話を聞かずマシンガントークをかますアメリカがロシアに(あのロシアにだ)問いかけるのだから珍事としかいえない。会話が途切れる度に話しかけてくるアメリカ。

今日のアメリカは、どこかイカレている。そうロシアが思い始めたのは七時間ほど前からだった。
「今日の会議についてだよ!!」
轟音に負けぬよう叫んだ。
なぜこの自分がアメリカと星を見る為にこんな車に乗っているのか。
重いため息をついて見上げた空は幾億もの星が閃いていた。


アメリカとロシアの”宇宙”での仲の悪さは有名な話だ。
 スプートニクが打ち上げられた時、あのアメリカが地団駄を踏んで悔しがっていたと聞き少し体調が悪くいつも苛々していたロシアだったが、この時ばかりは調子を忘れ笑みを浮かべて喜色を表にした。
ざまぁみろ!
 ――後に『アメリカが月に到着したと』報告を受けたロシアが真っ先に思い浮かんだのは、非常に嫌味ったらしい満面の笑みをしたアメリカで。そして、それは間違っていなかった。ホワイトハウス中に響き渡ったと笑い声はこういっていたと聞く。
ざまぁみろ、と!

ロシアと、アメリカはいつだってそんな関係だった。


ただ世情は常に流動する。ロシアとアメリカの仲も同様に。
 宇宙ステーションの開発プロジェクトを合同で行うこと、と上司から聞いたとき、酔っ払いのジョークは笑えないなとロシアは自分を棚に上げてそんなことを思っていた。
プロジェクトは他国も参加するが、やはり宇宙開発に一日の長があるロシアとアメリカが中心となって進めれると聞かされてもどうもしっくりこなかった。彼と、僕が一緒に?冗談じゃなく?
プロジェクト最初の会議で『つい最近まで口も聞けない関係が、こうして手を取り合うなかになるとはね』とやけに力が入った握手を交わしながらアメリカは言ったのをロシアは覚えている。
その時にやっと、宇宙が自分のもの"だけ"にはならないと知ったのかもしれない。

そして、今日(つい七時間前)、宇宙ステーション合同会議が行われていた。近年の有人宇宙開発は少々停滞気味と、膨大なコストの上に、すぐに実にならない空への橋。競争相手の欠如、それにあの事故と要因はさまざまだが、まあ、面白くない話なのはわかりきっている。
今日の会議もそのようなごくつまらない話だった。
コスト削減のための計画の見直し、という名の停滞、縮小宣言に皆渋い顔をしながら仕方ないとため息をついた。
「……というわけで、この計画にすこーし見直しが必要になるんだ。あー、だから、この宇宙開発がすこーし遅れることになりそうなんだぞ。……ってなんだいこれ、すこしじゃないじゃないか!!ヘイ君!どう言うことだい!!?」
話しているアメリカ自身が苛々して、終いには上司たちに食って掛かる一幕もあり、会議は暗雲が立ち込めていた。
――ロシアだけはニコニコと笑いながら会議ををみていたが。

「ロシア!ちょっと待ってくれ!!」
会議後、部屋に残りぐだぐだと日本に愚痴を言っているアメリカが帰ろうとしていたロシアを呼び止める。日本はきっちり30度お辞儀をしてから、私はこれで失礼しますといってアメリカの前をはなれた。
すれ違った日本が顔には出さないが助かった、と思っているとロシアはわかる。今のアメリカは実に相手したくない。空気を読み取る力を(自分で)欠如したアメリカは気付かないだろうが。
何か重要なことかとのんびりと待っていたロシアに
「あ゛ーもう!彼等は事の重大さと、ロマンがわかってないんだよ!」
と開口一番アメリカが世が終わる三秒前の顔で叫んだ。
彼らとは誰だろう。日本や他の国だろうか。それとも自国の子供達のことだろうか、いや、アメリカを除く総ての存在かもしれない。(彼はこういう自己中心的感傷を好んでする節がある)
「しょうがないよね。いまさら月に人がいってどうなるって?」
「……本気で言っているのかい?俺をからかう為ならやめてくれ。君にいわれたくはない」
ロシアは思わずつまった。アメリカの目が冬の海のように、剣呑な光を宿していたからだ。
なにさ、そんな目をするようなこと?そう思っても口に出すことはしなかったが。
しばらくしてアメリカは先程の感情などなかったかのようにいつものにやけ面をすると、朗らかに言い放った。

「ロシア!星を見に行こうじゃないか!」


人が科学というものを発見してから随分経ち、機械の塊が空を燕のように飛ぶようになって、ロシアはようやく空の有用性を理解し、それに魅せられた。
V2ロケットから始まる兵器の方舟たち。この方舟を、ロシアはことのほか気に入っていた。多少金食虫だが、打ってしまえばこちらのもので。
誰も手を出すことができない、強くて凄い武器が手に入ったねリトアニア、と笑いながら言うと、彼は、少し歪な笑顔を作った。

 だから、これを使って空に、星にいく行ってみせる、と聞かされた時、驚きよりも呆れより、なぜ、とロシアはまさに宇宙人を見るような顔で、”彼”同志チーフデザイナーに尋ねた。
星に行ったって何も手にはいらないよ、と。
すると彼は、過去の凄惨がにじみ出たその顔にシニカルな笑みを浮かべて高らかに言った。
「見てください!同士!あの空を!この極寒の地の、最果ての地の淀んだ雲空を!でもその奥に星はいつでも、吹雪の日であっても、どんなに絶望した夜も煌めいているんです。綺羅星の奥に星がありその向こうに我々の恒久なる未来が煌めいているのです!
偉大なる我がロシア。あなたは宇宙の一部なのです。そして、あの宇宙はあなたの一部となるのですよ!」
そういう彼の目は爛々と光を宿し、酒の赤ら顔がより一層赤くなった。彼の目は何を写したのだろう。そう思えるほど彼だけがこの地で浮いて見えた。
作品名:星のひらめき 作家名:高橋 結子