ハートキャッチなスペロマ
スペインは笑顔で俺を迎え入れ、ドアを閉めるや否や後ろから俺を抱き締めた。
「来てくれたんやね」
そう言いながら首筋に寄せられる頭、その髪の毛がくすぐったい。俺は体をぐいっと捻ってスペインと向き合った。正面から改めて抱き付いて俺もその首筋に顔を寄せ、スペインの匂いをいっぱいに吸い込む。先ほどまでの焦燥感が収まってくる。他の匂いが無い代わりに、ハートのそれよりずっと鮮やかなスペインの匂い。
「今日は甘えたさんやねえ」
「…スペイン」
「何ー?」
「スペイン、俺のこと抱いてくれるんだよな」
合わせた視線、スペインの表情が揺れたから、俺の表情はまだ普段通りにはなりきれていなかったのだと思う。スペインは難しい表情をして体を離さないまま、もう片方の手で俺の髪を梳きながら言った。
「もちろんそのつもりやけど」
「…」
「ロマーノは嫌なん?」
俺の表情から、俺が何かを心配しているということだけは読み取ったらしい。消えたハートに言い知れぬ不安を抱いたなんて、言えるはずも無い。
「…嫌じゃ、ねえけど」
「ロマーノ」
髪を梳いていた手と体を抱く手が俺の両頬に移動する。キスをする寸前のようだった。
「俺と、俺の愛を疑わんといて。俺も悲しいし、ロマーノも悲しいやろ」
「…お前の愛は変わってないよな?お前の愛は消えてないよな?」
「誓って、変わっとらんし、消えとらん。…ロマーノ、ロマーノ、俺は、お前を」
「愛しとる」
ハートが1つ、転がった。
これが体に急かされての言葉ではないということぐらい、分かる。1粒零れた涙は安堵からだ。スペインの気持ちが消えていないという安堵。直後に重ねた唇は、スペインのハートと同じ味がした。胸を焼く甘さも切なさも同じ、だけど今度はそれは消えない。スペインの温度と言葉で不安がゆるゆると溶けていった。
唇が離れる。とろけた頭で視界の端に感じの違うハートを認めた。それは俺の出したハートだと、何故だかすんなりと受け入れられる。もう1度スペインから転がり落ちたハートがその上にそっと重なった。途端、2つのハートはさらりと消えた。思わず頭が冷えそうになったが、スペインがもう1度重ねてきた唇の熱で、俺は1つの仮定に行き着いた。
ああ、何だ。
俺はひどく安心して、もう1度スペインにキスをねだった。
「昨日、フランスに見られたぞ」
「えー?」
爽やかな朝だった。爽やかに朝日が差し込むベッドの上、爽やかでない乱れ方をしたシーツの皺を伸ばすように足を伸ばしながら、俺はスペインに思い出したことを言った。スペインは俺に向かい合い、俺と同じく横になったまま俺の話を聞いている。俺の髪を梳くスペインの手が気持ちいい。
「ああいうのは外でするな…」
「ええやん、ロマーノが俺のやって分かるんやし」
髪を梳いていた手が俺の手を取る。ちゅ、ちゅ、と指先に落とされるキスの度、白いシーツの上に転がるスペインのハート。握られた手を握り返してこっちに引き、仕返しに俺も同じことをする。ちゅ、ころん。ちゅ、ころん。俺が気付かなかっただけで案外、俺からもハートが零れていたのかもしれない。
転がるハートは視界の隅、スペインのハートに触れると2つ一緒に溶けるように消えた。昨日手の中でスペインのハートが消えた時にはそれこそ半狂乱になった俺だったが、その原因について、昨夜俺は1つの結論を導き出していた。
キス、ハグ、その他諸々、スペインと触れ合う時の熱は、きっと俺のハートも焦がしてる。同じ熱さがスペインの内にもあり、スペインのハートにもあるのなら。俺の内にある熱とスペインのハート、俺のハートとスペインのハート。重なり合ったら、きっとお互いの熱でひとたまりも無く溶けてしまうのだ。俺とスペインのハートが消えた理由を、俺はそう結論付けた。
今考えてみてもこれは結構いい線いってるんじゃないかと思う。そういうことにしておこう。真面目に考えた結果だ、笑いたきゃ笑え。
「それでもあんまりやるな」
「ええー」
「じゃあお前はいいんだな、俺がお前とキスしてる時の顔を誰かに見られ」
「なるべく頑張るわ!」
しゃっきりとした返事をしたスペインがおかしくて俺は笑った。そんな俺をスペインは少し膨れて見ていたが、突然表情を引き締め、俺の腕を引っ張って体を起こした。被っていた毛布が肩からするり、落ちた。自然と俺の笑みも引っ込む。
「ロマーノ」
「何だよ改まって」
「好きやで」
そう言ったスペインからまた1つハートが転がったが、今度は俺はそれを目で追うことはしなかった。スペインをじっと見つめていたからだ。
「俺も、好きだ」
そう言った俺からもハートが出るのが分かる。引き寄せられるようにキスを交わした俺達の下、シーツの上をころころと転がった俺のハートがスペインのハートに、まるで寄り添うように重なった。それも一瞬のこと、俺達の唇と同じように重なった2つのハートはすぐに、空気に溶けて見えなくなった。甘く切ないあの香りだけが微かに残る。それだけがそこにハートのあった証拠だったが、今の俺がそこまで気付けるはずも無かった。何故ならスペインの匂いの方がより鮮やかだったし、何より俺が愛を向けハートを送るその相手、スペインと俺は今キスをしているのだから。
(次ページ、作者呟き)
作品名:ハートキャッチなスペロマ 作家名:あかり