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約束

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「ええ、ええ、そりゃあとっても美味しそうですだよ。だけどこんなにあっても、フロドの旦那お一人じゃ食べきれねえでしょうに」
「それについては大丈夫」
 ピピンが自信たっぷりに宣言する。
「何が大丈夫なんだい、トゥックの若旦那?」
 大方の予想のついたフロドが笑い混じりの声で問いかけると、ピピンは得意そうに胸を張ってみせた。
「泊めてもらう間、ぼくたちが責任持って平らげるから安心しておくれ」
「そうだね、その為にこれだけ重たい思いをして持って来たようなものなんだから。それで構わないでしょう、フロド?」
 ますます呆れた表情になったサムの様子に笑い声を上げ、フロドは大きく頷いた。
「4人のホビットには充分過ぎる量じゃないか。わたしも大いに手伝うとするよ」
「その為にはいい料理人に料理してもらわないとね」
「まったくだ」
 交互に頷いた2人の意図する所に気付くと、サムは小さく肩を竦めて笑った。
「じゃがいものシチューの作り方に関しちゃ、おらの見識は少々うるさいこってしょうな」
「そんな事はないさ。きみのレシピにちゃんと適うようにって、覚えてる限りのものを持って来たんだからね」
「隠し味のスパイスも?」
「それはちゃんと、ギャムジー家特製のがあるんだろ?」
「その通りですだよ。代々伝わるこのスパイスがなけりゃ、美味しい料理は出来ません」
 サムが少々得意そうに言い放つと、ピピンはぱちんと指を鳴らした。
「そいつは心強いや。胡椒と岩塩と、あと何が必要だったのか忘れちゃったよ」
 それを聞いたフロドも、冗談めかして口を尖らせると頷いた。
「サムから聞いた通りに作っても、どうも味が違うのはその所為なんだろうね。わたしの作るシチューには、肝心の隠し味が存在しないんだから」
「バギンズ家特製の味付けはないの?」
「さあ、どうだろう。ビルボが作る料理は美味しかったよ。ただ時々、独創的なものもあったけど」
 含みのある台詞に、サムがくすりと笑いを漏らす。
「そこなんだよなあ」
「何がだい、ピピン」
「ぼくは偉大なるビルボ小父さんの事を全然知らないって事だよ。なんせ彼が突然に消えていなくなった時、まだまだぼくは小さな子供だったんだから」
「それを言ったらぼくだって似たようなものさ。是非とも彼の冒険の話を聞かせて欲しいな」
 不平そうに言い募る2人の様子に、フロドはサムと目を見合わせ、しょうがないというように笑って見せた。
「じゃあまずその、ありがたい土産を片付けてしまおう。そうしたらお茶にしようね」
 その言葉に袋を担ぎ上げたピピンが念を押す。
「パイプ草もつけてくださいね!」
「もちろん」
 手押し車を納屋へと片付けに行こうと方向を変えたサムが、ああ、と声を上げて3人を振り返る。
「確かラズベリーパイがあったですだよ。お茶請けはそれでいいですだか?」
「「もちろん!」」
 嬉々として答えたメリーとピピンに、サムは笑顔で頷いた。
「すぐに準備致しますだ。中でお待ちくだせえ」
「いや、とても天気がいいから外で食べようよ」
 言いながら、フロドは大きく空を仰ぐ。
 薄い色の青空には、千切れた細かい雲がたなびいていた。風が時折そよいで、どこからともなく甘い花の香りを連れてくる。
「それはいい考えだね。サムの育てた庭を見ながら、ラズベリーパイをご馳走になるとしようよ」
「大賛成!!」
 ぴょこんと飛び上がったピピンが、袋の重みで足元をぐらつかせた。慌てて支えようとしたメリーも煽りを食らって転びそうになる。
 笑いながら二人について歩き出して、ふと彼は振り仰ぐ。
 愛すべき、我等がこの村。

 守っていきたいと思った。ただそれだけ。

 
  

**




 ……目が覚めた。
 すぐさま押し寄せた感覚は、全身に染み入るような寒さと、身の内から蝕むような餓えと乾き。
 当然横たわっていた場所は柔らかい寝床ではなく、背の下に在ったのは正常な芝や土ですら、ない。
 目の前の夜とも昼ともつかない帳に包まれたままで、フロドは大きく息を吐いた。
 吸う空気すら毒されたこの地。夢すら見る事も叶わない、そんな呪われた大地。
 胸元に目を落す。全ての悪の根源とも言える指輪、その重みは日増しに耐え難いものとなっていた。
 彼自身を真に蝕むのは絶望という名の何か。それは目に見えない。けれど厳然として存在している。
 例えば、こんなちっぽけな金色の固まりとなって。
(……こんなもの)
 いかなる力でも壊せないのだと言う。それを創造した炎でしか熔かせないのだと。
 だとしたら自分はそれを葬らなければならない。それは世界の為でも、生きとし生けるもの全ての為でもない。
 ただちっぽけな自分が守りたいと願う、手の届く範囲の存在の為。
 夢に見た光景は既に遠い。
 あんな事もあったかもしれない。4人でパイプ草を吹かしながら、他愛もない話や歌や踊りに興じていた事も、きっと多々あった。
 メリーとピピンは無事だろうか。アラゴルンは、レゴラスは、ギムリは。
 ……ボロミアは。
 一瞬にして脳裏を駆け巡った光景に、瞼の裏を刺されたかのように、フロドはきつく瞳を閉じた。
 ふと、強く手を握られる感覚に、はっと我に返る。
 見張りをするからと気丈に言い張っていたものの、結局睡魔に屈してしまったらしいサムの様子に、フロドは小さく微笑んだ。
 きっと一人の道行きだったら、どことも知れない荒野で野垂れ死にしていただろう。
 眠りの淵で無意識に握ったのであろう、その手。庭を整え、畑を耕し、そして有り得ないはずだった旅の過程で、彼の手は更に荒れて傷だらけになっている。
「……サム?」
 呼び掛けると、夢と現実の境界附近をさ迷っていたであろうサムの意識は、こちら側へと浮上したようだった。
 ぼんやりとした表情でフロドの事を見上げながら目を擦っていたが、はっとなって大きく目を見開くと、サムはがばりと身を起こした。
「申し訳ねえですだよ、おらすっかり眠り込んでしまって」
「仕方ないさ。疲れているのは同じなんだからね。お前もちゃんと休憩をとらないと」
「そういうわけにはいかんですよ」
 よいしょ、と身を起こすと、サムは首を鳴らして大きくあくびをした。しかしその仕草にも覇気がない。
 モルドールの地にいるという事はこういう事かと、フロドは暗澹とした気分で溜息を漏らした。きっと自分も客観的に見ればサムと同じか、それより酷い有様なのかもしれない。
「旦那?」
 心配そうに覗き込まれ、慌てて笑顔を浮かべると、なんでもない、とフロドは軽く首を振った。
「夢を見たよ」
「夢?」
「そう。お前の美味しいシチューの話で盛り上がってた。ラズベリーパイでお茶にするところだったんだよ。メリーとピピンも一緒に、4人で」
 それはなんて事のない夢の話。思い出の一つにもならないような話。
「そりゃいい夢ですだよ」
 サムはにこりと笑った。純粋に晴れやかな気持ちで笑顔を浮かべるなど、何日ぶりの事になるのか。
「ホビット庄に帰ったら、何回でもお茶を飲みましょう。4人だけなんて言わないで、皆も招待しましょう。おらたちの暮らすところがどんなにいいところなのか、大切な仲間達に知ってもらいましょう」
作品名:約束 作家名:あすか