Holy and Bright
◆2
「……で、アンジェリーク」
「……はい……」
昨晩の決意はどこへやら、弱気な声でアンジェリークが応える。
「……その荷物は何だ?」
王立研究院にある、遊星盤の乗り場でジュリアスは低い声音で聞いたのも無理はなかった。アンジェリークが大きな旅行鞄を三つも持ち込んできたからだ。
「え……あの……」
それに対してコンパクトな鞄一つのジュリアスは明らかに苛立った様子で深いため息をつくと、アンジェリークの答えを待つまでもなく、鞄の取っ手を持とうとした。
「あ、ジュリアス様、いいです、私が持ちますから!」
慌ててアンジェリークが引き留めようとジュリアスの腕を掴んだが、ジュリアスは軽くそれを払った。
「“天使様”にこのような荷物を持たせている様子を民に見せるわけにはゆかぬであろうが」
「いえ、でも!」
叫んでアンジェリークが強く鞄を引いた拍子に中の一つの口が開いて、荷物がばさばさと床に散った。
「きゃあ!」
「……なっ!」
慌てて自分のほうに引き寄せようとするアンジェリークをしり目に、ジュリアスはころがり落ちたものから一つを手にとった。
「これは……?」
「あ、それは、ルヴァ様からいただいたお茶葉です!」
「これは」
「オリヴィエ様からのソープセットで」
「これは」
「マルセル様からの花の種……」
「聖地から持ち出しか?」
「ディア様からお許しは得ているようです」
眉を顰めてジュリアスが言ったのに対し、アンジェリークは目を合わせないまま早口で答えた。
「ロボット……ゼフェルか?」
「あ、はい、可愛いのでおねだりしたら」
「こちらの葉は」
「リュミエール様お手製のハーブティーです。すっきりするからって」
「フリスビーはランディだな……遊びに行くのではないのに」
「気晴らしに民と一緒に楽しむのもいいって」
「小剣まであるのか」
「身を守るだけでなくいろいろ使えるからとオスカー様が」
そこまで言ってアンジェリークは、ジュリアスが静かになったのでおずおずと顔を上げた。ジュリアスは細長い箱の香りを嗅いでいた。
「この香りは……クラヴィスか」
「よく眠れるからと……」
闇の守護聖クラヴィスとジュリアスの仲は決して良いとは思えない。それを知っているアンジェリークはそう答えると、いったいジュリアスがどう言うだろうと心配になった。だが、ジュリアスは何も言わず、思いも寄らぬ手際良さで開いてしまった鞄にそれらの物を詰め込むと体重をかけて閉じ、留め金をかけた。
「……あ……あの……」
「行くぞ」
驚きつつ礼を言おうとするアンジェリークの言葉を遮るように短く言うと、ジュリアスは鞄三つを持ち、目線でアンジェリークに先に遊星盤に乗るよう促した。
「あ、はい」
言われるままアンジェリークが乗り、続けて鞄を載せようとしたときにジュリアスは何かまだ床に落ちていることに気づいた。封筒らしきものから光沢のある白い布がはみ出ている。
「これは?」
先に遊星盤に乗ったアンジェリークは、ジュリアスがそれを手に取ったのを見た瞬間、遊星盤から走り降り、飛びつくようにしてそれを取り上げた。
「あ、あ、あ、ありがとうございますっ!」
真っ赤になってそれを封筒に突っ込むと、アンジェリークは肩から提げていた鞄にねじ込んだ。
「……もう……ロザリアってば……!」
ひったくられるようにして取り上げられたので、怪訝そうな顔になりながらジュリアスはアンジェリークを見た。
「ロザリアからの贈り物か。何だ?」
「ジュリアス様は知らなくていいんです!」
強い調子で言ってしまってから、アンジェリークはハッとしてジュリアスのほうを見た。ジュリアスは不愉快そうな表情をしていた。
「……ごめんなさい……」
だが、ジュリアスはもう返事をしなかった。遊星盤の中、気まずい空気が充満したが、それでもアンジェリークはどうしても答えられなかった。
「何かあってからでは遅いですからね。淑女たるものいつ、どんな時でも身だしなみを整えておかなくては」
そう言って渡されたのが美しい織りと光沢の……シルクのショーツだなんて、口が裂けてもジュリアスには言えないアンジェリークだった。
だいたい……いったい「何がある」って言うのよぅ。
出だしからあまりの雰囲気の悪さに泣きたくなりそうな気持ちを抱え込んだまま、アンジェリークは心の中で呟いた。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月