Holy and Bright
◆3
アンジェリークは目線の下でうなだれている。またやってしまったと思いつつ、ジュリアスはどうフォローしてよいかわからないまま黙っていた。
ディアの部屋に呼ばれて、今回のとんでもない出張旅行を言い渡され、肩を落として帰っていく女王候補の少女をドア越しに見送ると、ジュリアスは室内にいるディアのほうを見た。
「いったいどういうつもりだ」
「女王陛下が申されたとおりのことをお伝えしたまでですわ」
にっこりとディアは笑って返した。少々のジュリアスの鋭い視線にも頓着している様子はなかった。
「だから女王陛下はどういうおつもりだと」
「それはあなたが一番よくわかっていらっしゃるのでは? ジュリアス」
「何を」
「アンジェリーク……可哀相に、あなたの前であんなに萎縮してしまって」
「私如きに圧迫感を感じるのであれば、それは女王の器ではない、ただの少女だということだ」
「私も、そして陛下もそうでしたわ」
言下に「もう慣れましたけど」と言いたげにディアはジュリアスを見たが、ジュリアスにその皮肉は通用しなかった。
「そなたたちは立派に……陛下のことを評価するのは畏れ多いが……立派にこの宇宙を統べている」
「それは光栄ですわ」くすくすと笑ってディアは続ける。「女王候補時代のころの、私たちに対するあなたの評価は、それはもう酷いものでしたけれど?」
むっとした表情になったジュリアスに対し、ひるまずディアは言った。
「先代の女王陛下のようには参りませんからね」
“先代の女王陛下”という言葉に少しだけジュリアスの瞳が揺れた。
「先代の陛下は別格だ。おこがましいが、私の親代わりとも言える存在なのだから」
「母たる存在でもあった方と、女王候補の少女とでは比較になりませんわ」
ようやくジュリアスは、ディア−−つまり現・女王が何をジュリアスに対し欲しているか理解した。
「私に、女王たる存在に対する気持ちを改めよ、とおっしゃるのか、陛下は」
ディアは微笑んだ。そして返事をせず、ジュリアスの横をすり抜けた。
「私、これからアンジェリークの様子を見て参りますわ。相当堪えている様子でしたし」そしてドアを開きながら振り返ってジュリアスのほうを見ると、ディアは笑顔のまま言い放った。
「ジュリアス。エリューシオンに着けば、あなたは『エリューシオンのアンジェリーク』の守護聖となります。それをよく覚えておいてくださいね」
「……ディア?」
「彼女のあなたに対する苦手意識が治まるよう、きちんと敬ってあげてください。でないと、本当に彼女が女王になったとき、彼女もあなたも、そして周囲も困りますよ」
「何、それはアンジェリークが女王になるという……」
「ではごきげんよう、ジュリアス」
追いすがるように尋ねるジュリアスの言葉を遮り、一方的に挨拶をするとディアは部屋を出てしまった。
うなだれている様子ばかりなので、彼女の細く白いうなじを見るのが日常茶飯事となった。本当にごく普通の少女だ。それが次の女王になるとでも言うのか? 視線が合わないのを幸いに、ジュリアスはそのうなじを見つめつつ思い続けた。
確かに先ほどの贈り物の数々を見ていれば、この少女は守護聖たちはもちろんのこと、対抗相手であるロザリアからも好かれていることは明白だった。あのクラヴィスすら−−本当はそれなりに執務をこなせるのにいつも怠惰で不真面目な返事しかしないあの者すら−−彼女のために何かを贈るなどという行為に出たことが、ジュリアスには驚きだった。
……つまり、彼女を好ましく思っていないのはこの私だけ、ということか?
いや、それには語弊がある。決して嫌いなのではない。好印象を持つ事柄が見つからないだけなのだ。
年若い守護聖たちとは騒ぎ合い、優しく穏やかに接する守護聖たちに対しては微笑み返し、軽快に話す守護聖たちには同じく笑って賑やかに話す。 だが、厳しく、高みを望む自分に対しては顔を強ばらせている。およそ女王としての品格も威厳も見あたらない。華奢な体と、細いうなじを持ち、あのように、ころがり落ちた下着のことを気にする、たんなる少女−−手に持ったときにはわからなかったが、彼女の慌てようで下着だと気づいたものの、それを知られるのが嫌だったので黙っていた。あのような小さな布を身にあてがうだけで良いのだろうか……。
そこまで思ってジュリアスはそのうなじから目を逸らした。
女王としての尊敬よりも、身近過ぎることを連想させるような存在。あの先代の女王陛下のような神々しさを、彼女に感じることはできない。
聖なる眩さを。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月