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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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Holy and Bright

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◆5

 遊星盤の起動する音がした。それはあっという間に上空へ舞い上がる。
 アンジェリークがこちらを見て笑って手を振っている。どうやら透明の障壁はきちんとセットしているらしい。壁を叩くような格好をして見せている。そしてジュリアスたちの上空をぐるりと一周すると、森の奥へと行ってしまった。
 「……あれで『安心しろ』とでも言っているつもりか、あの娘は……」
 「そうですよ」微笑んでルヴァが答える。「で、どうします? ジュリアス」
 「決まっている」
 きっぱりとした言葉にルヴァは思わずジュリアスを見た。
 「悪かったな、私の不注意で、銀色のボタンの箱でつまずいて足を負傷したせいで、そなたたちをこんな所まで出張させてしまった」
 「はぁ?」
 ルヴァの間の抜けた顔に、ジュリアスは内心吹き出しそうになりながらもしかめっ面のままで続ける。
 「申し訳ないがここでできうる限りの治療をしてくれないか。女王試験を続行させるためにも、私はこのエリューシオンにいなければならないのだ」
 「ジュリアス、あなた」
 ルヴァは大声を出したがジュリアスの顔を見て、ふぅ、とため息をついた。
 「……と、私如きがいくら言っても、あなたは聞き入れてはくれないのでしょうね」
 「……すまない」
 ジュリアスはそう言うとルヴァに頭を下げた。


 「……というわけで、こうしてジュリアスはこの部屋で眠っているわけです」
 ルヴァはそう言って、ジュリアスがまだいると聞いて駆けつけてきたアンジェリークに目線で示した。
 「そんな……! 大丈夫なのですか? 第一、ボタンを押したのは私」
 「しっ! 大きな声を出さないで」
 ジュリアスは眠ったままだ。慌ててアンジェリークは声を低くした。
 「……ボタンを押したのは私です。ですから私はもう女王試験は失格です。でも……」
 「でも?」
 「せめて、エリューシオンに安心できるだけの光の力が満ちるまでは……」
 泣いてもどうにもならない。アンジェリークは懸命に唇を噛んだ。
 森はほとんど燃えてしまった。出火の原因は今となってはわからない。だが幸い民たちを懸命に鼓舞したこともあり、ある程度人里に近いあたりの木を切ることができ、類焼は免れた。それでも、森の恵みを受けられないことや、動物たちの集団化による被害は甚大であり、打ちひしがれた者たちの姿を多く見かけた。
 確かにエリューシオンにはさまざまな力は満ちており、立ち直ることは可能なはずだが、なにせ民たちに気力がない。重傷のジュリアスに願いを立て、直接エリューシオンへあれほどの量の光の力を与えてもらっても、何もなかったところからの復活は困難を極めることが充分予想できた。
 だが、これ以上ジュリアスに強いることはできない。せめて傷を癒した後に力を与えてもらい、失格だと言われても何とかある程度めどが立つまでこのエリューシオンを見守らせてほしいとアンジェリークは思っていた。
 何もかも、自分が招いたことだ。民たちにも、そして……ジュリアスにも残酷なことを。
 ぽんぽんと肩を叩くと、ルヴァはにっこり笑った。
 「……アンジェリーク。あなた、このたった二、三日の間にずいぶん強くなりましたねぇ」
 「え……?」
 私のどこが強い? こんなにもあちらこちらで迷惑をかけているだけなのに?
 「ですから、あなたがもしも、民やジュリアスに対し申し訳ないと思うのであれば、懸命にこの状況下であがかなければなりませんよ?」
 「あがく……」
 「そうです」
 そう言うとルヴァは、持ち込んでいた鞄から、いくつかの道具類を出した。
 「まずは、今晩をジュリアスと共に乗り切ってみてください」
 「ルヴァ様!」
 「私が看ていると言ったのですがね、断固拒否ですよ。試験中は他の守護聖がエリューシオンにいてはならぬと。ですから」
 「……そんな……! だって……元気そうなふりをしていたけれど、ジュリアスは絶対」
 あのすがるようなまなざし。思わず手を差し伸べたくなり、実際に倒れている姿を見たとき、今まで心細くて庇ってもらいたかった気持ちがガラリと変わり、あらゆることからジュリアスを守りたくなった。だから……胸に抱いた。だが、ジュリアスはそれに抵抗しなかった。こんな小娘の胸に安堵するほど彼が消耗していたのだ、とアンジェリークは充分承知している。
 「ええ、あなたの思うとおり」
 そうルヴァが言ったとき、小さくノックをする音がした。アンジェリークがドアを開くと、ルゥが椅子を運んできていた。心配そうな顔をしている。
 「天使様……ジュリアス……様はどうですか?」
 こんな子どもですらジュリアスの具合の良くないことをわかっている。アンジェリークは胸が詰まった。椅子を受け取るとアンジェリークは屈んで、ルゥに目を合わせた。
 「大丈夫よ。私がしっかり看るから」
 思わずそう言ってしまってからアンジェリークはしまった、と言いたげな表情でルヴァを見た。ルヴァは笑っていた。
 「何かあったらすぐ声をかけてください。僕、何でもしますから」
 「ありがとう、ルゥ」
 アンジェリークは微笑むと、ルゥの額に軽く口づけた。
 そこには、光の力の名残。目の奥がじん、とした。
 「ルゥこそ、しっかり休んで。……明日のためにがんばろうね」
 「はい!」
 元気よく……だが、眠っているジュリアスを気遣うように声は抑えてルゥが返事した。そして奥にいるルヴァにも深く礼をして去っていった。
 「良い子ですねぇ……おじさんとさえ言わなければね」
 「……ルヴァ様……もしかして、けっこう根に持ってますか?」
 くす、と笑ってアンジェリークが言った。
 「そりゃあね、気にしますよー」
 そう言いながらもルヴァも笑みを浮かべつつ道具類の説明を始めた。
 「……夜中に一度、こちらのシールドに貼り替えてください。そのとき塗る薬はこちら」
 「あの、ルヴァ様」
 声をかけられ、ルヴァは言葉を止めた。
 「ちゃんと……言ってください、ジュリアスの状況を。今晩しのげたからと言って、安心できるのかどうか」
 「……アンジェリーク?」
 「私自身があがくのはかまいません。いくらでもあがきます。でも、そのためにジュリアスを巻き込むのは嫌です」
 きっぱりと言うアンジェリークに、ルヴァは苦笑した。
 ……ジュリアス、あなた……幸せ者ですね。私も彼女にこれぐらいのこと、言わせてみたいですよ。
 「あのね、アンジェリーク。ジュリアスの傷を治すのはですね……あなたがジュリアスを使い倒す……あ、言葉が悪いですね」くすくすと笑ってルヴァは続ける。「とにかくあなたがジュリアスをこき使う……ああ、この言葉も良くない」
 「ルヴァ様……?」
 「ああ、すみません。とにかく、あなたの守護聖であるジュリアスを使ってあげることが彼への力づけになるんですよ。それを、無理矢理飛空都市へ返そうものなら、ジュリアスの傷は重くなるでしょう、きっと」
 「でも、エリューシオンでは充分な治療はできません」
 「そうですね。でも精神的にはどうでしょう」
 そう言うとルヴァは立ち上がってルゥが持ってきた椅子を持ち、ジュリアスの眠るベッド際に置くとアンジェリークを座らせた。
作品名:Holy and Bright 作家名:飛空都市の八月